罪人のかしら

(第一テモテへの手紙1章15)


全ての 創造者、はじめに時間も空間もすべての物理現象と宇宙、地球とそのなかの生物を創造され、神
ご自身に似せて人を創られた神は、必ず約束を守られる神です。

神は、人を神に似せて造られました。
人が神に似せられていることの最も基本、根幹となっているのは、人が神と同じように、 本質的に霊的存在であり、自由な選び取りによって自分の方向を決めることができる独立した意思を与えられ、知性を与えられ、感情が与えられていることです。

わたしたちをご自身ににせて人を創られた神は、人がどのような誘惑のなかでも神のことばに信頼し、より深い充足と満足感にみたされた愛の関係を持つものとなることを願われています。

愛の関係は、どのような誘惑があっても、その相手を信頼することを選び、より深くお互いを知ることによって、深い充足感と満足感に満たされた関係のなかで生まれます。
ですから、状況や気分によって変わる選択は、利己的で、意味のある選択とは言えず、本当の信頼や愛の関係を生み出しません。

聖書の記述は、神が人を創造された最初から祝福を約束されたにも拘わらず、人は神のことばに留まって祝福を受けるかわりに、誘惑と自らの選び取りによって神との約束を破り、そのために破滅的な状況を招き、それにもかかわらず、神は約束を自ら破って破滅を招く人々に、救いと恵みの御手を差し伸べられる歴史的な記述でもあります。


人を創造された神は、人が神との信頼関係を破り、神のことばよりもサタンのことばに従い罪に陥り、滅びに向かうものとなった直後から人を滅びから救うメシアが来られることについて約束をされました。 
この神の約束は旧約聖書全体の歴史をとおしてメシア預言として述べられ、人を救い、神が約束される理想の国を建てられ治められる方がどのような方なのかが描かれています。そのなかの主な預言を拾い上げてみても、約束されたメシアがどのようにしてこの世に来られるのかが浮かび上がって来ます。
旧約聖書の代表的なメシア預言は、メシアによってサタンのかしらが砕かれ、サタンがこの方のかかとを砕く。メシアが女の子孫として来られ、アブラハムの子孫であり(ここで言われている子孫は、子孫たちではなく、いずれも単数形のひとりの子孫を指している)、イスラエル民族ユダ部族から出られ、イスラエル統一王国の王となったダビデの変わることのない王権を持ち、ユダの地ベツレヘムで産ま れ、男女の性交渉によらない処女から誕生し、王朝が滅んだ後もダビデ王朝の元となったダビデの父エッサイ、すなわち切り倒されたエッサイの株から出た芽、その根から生える若枝から結ばれる実として理想の王国を実現する方であり、その方が現れるとき、彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、われわれの慕うべき美しさもない。そして、彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばない、苦難の僕として来られる。というものです。

これらの代表的なメシア預言を拾い上げるとき、このメシア預言に完全に合致するのは、歴史上に人としてこの世に来られたナザレのイエス以外にはあり得ません。


イスラエルの民は、紀元前586年にバビロニア帝国によって捕囚の民となり、国を滅ぼされた後、紀元前516年にエルサレムへの帰還を許され、この時期にエズラ、ネヘミアなどの指導者から創造の神を最優先とすることの大切さについて、神が契約を守られる神であること、神はイスラエルの民との契約を覚え、神の安息のなかにある交わりと信頼を望まれ、イスラエルの民が国としての体裁を整える以前からモーセをとおして律法を与えられ、モーセをとおして述べられた律法を守るときの祝福と呪いが述べられている(レビ記26章参照)ことを教えられ、神のことばの確実さを再確認しました。

この時期からイスラエルの民のなかに、モーセをとおして述べられた警告と呪いを聞かなかったためにイザヤやエレミア等の預言者たちが預言したとおり王国の滅亡がもたらされたという反省から、再び彼らの先祖が過ちを犯した偶像礼拝に陥入ることを避け、モーセの律法を厳格に守り、安息日を守ろうとするパリサイ派、神殿におけるモーセのときに定められた祭礼を守ろうとするサドカイ派の人々がイスラエルの民の指導的役割を担うこととなりました。

しかしながら、イスラエルの民の指導者たちは、モーセの律法を人の心の律法として守ろうとせずに、より表面的な人の行動を規制するものとして解釈し、より複雑で煩瑣な伝統や習慣に基づくミシュナ、タルムードなどの口伝律法を神のことばに付け加えて規定を設け、これらの規定の細部を自分本位に表面的なものとしてだけ守ることが義であるとする誤った義の基準をつくりあげてゆきました。

彼らは、神が約束されたメシアがイスラエルの民を救うだけのために来られると考え、異邦のバビロニア、ペルシア、ギリシア、ローマなど他の帝国を凌いで異国の支配や従属から解放する王国を打ち立てる王としてのみ期待し、メシアがイザヤ書の53章に述べられているようにイスラエルの民ばかりでなく人類すべての罪を贖われるためにわたしたちのかわりに苦難の僕として来られるという預言を受け入れることができませんでした。

このため旧約聖書を熟読し、メシアの預言を知っていたにも拘わらず、彼らは、 最初メシアであるイエスが来られたとき、ナザレという田舎の村で育ち、特別に高貴な人としてではなく、当時のユダヤ人とは変わりない普通の人として来られ、特に貧しい人々や病人、ユダヤ人から裏切り者として嫌われていた取税人とも交わり、癒しと救いの手を差し伸べ、奇跡を行われたイエスに対し、イエスが彼らの期待したメシアであることを認めることが出来ませんでした。

さらに、イエスの行動が、 彼らの伝統や慣習による口伝律法を破って 人の苦しみや罪による悲惨さを解放し、安息日を守ることより病に苦しむ人々を癒すことを優先するものであり、エルサレムの神殿を不当な利益を貪る場所としてしまった祭司たちの偽善を暴き、神殿を汚す行為を度々清められたために、彼らはイエスに反感を抱き、パリサイ派、サドカイ派を中心とする当時のイスラエルの議会と大祭司は貧しい民衆からの人気が高まったたイエスを妬み、殺すことに決めたのでした。


旧約聖書に預言され、生前のイエスが再三にわたって弟子たちに宣言されたとおり、イエスは、苦難を受けた後三日目に復活され四十日の間何度も弟子たちにあらわれ、自分の生きていることを数々の確かな証拠によって示し、神の国のことをたびたび語られました。

イエスの十字架は神が人を罪から救い出す方法としてはじめから神ご自身が計画された方法でした。

イエスが人類の考え出した最も残虐な死刑の処刑方法であるローマの十字架刑に架かり、苦難を受けて死なれ三日目に復活された頃、エルサレムの最高指導者である議会のパリサイ派議員の一員でもあり、律法と口伝律法にも精通し、律法イスラエルの伝統を守ることに熱心であった回心前のサウロ(パウロ)は、イエスの昇天の後で聖霊の降臨を受けてイエスを信じた群れのなかで信徒の群れの世話をする七人のうちの一人として選ばれたステパノが大祭司と議員の前でイエスこそが神が人を救うためにこの世に送られたメシアであり、再び王として来られることを宣言する場に立ち合いました。

ステパノは議会の人々と大祭司の前で、イエスこそが預言されたメシアであることを宣言し、この方ははじめ人々から拒否され、再び来られるときは裁き主、王として来られる。という証言をイスラエルの民の歴史、ヨセフ、モーセなどの例をひいて立証しました。

回心前のサウロ、後のパウロはこの証言を聞いたときにも、むしろ先頭に立ってステパノが石で打たれ殺されることに賛成し、これを扇動し、ステパノを死にいたらしめました。

その後もサウロ(パウロ)は、エルサレムの教会にたいする大迫害を起こし、家々に押し入って、男や女を引きずり出し、次々に獄に渡して、教会を荒し回り、なおも主の弟子たちに対する脅迫、殺害の息をはずませながらこの道の者を見つけ次第、男女の別なく縛りあげて、エルサレムにひっぱって来るため、大祭司のところに行って、ダマスコの諸会堂あての添書を求めダマスコへの道へと旅を続けました。

この道の途中でサウロ(パウロ)は光のなかで復活のキリストに出会い、イエスから「わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしに会った事と、あなたに現れて示そうとしている事とをあかしし、これを伝える務に、あなたを任じるためである。わたしは、この国民と異邦人との中から、あなたを救い出し、あらためてあなたを彼らにつかわすが、それは、彼らの目を開き、彼らをやみから光へ、悪魔の支配から神のみもとへ帰らせ、また、彼らが罪のゆるしを得、わたしを信じる信仰によって、聖別された人々に加わるためである」(使徒書26章16-18参照)。というの直接の召命を受けて180度の改心をし、この世に来られ、十字架に架かられ復活をされたイエスこそがメシア、すなわちキリストであることを確信しました。


イエスこそが神の送られたこの世を救うメシア、キリストであることを確信し、キリストの福音の素晴らしさに打たれ パウロと名を変えたサウロは、律法の細部の規定までも熱心に守ることによって義とされようとしてきたそれまでのパリサイ派の議員としての地位や築きあげて来た名誉を投げうって、何年か後、アンテオケでキリストにある信仰によって義とされ主イエスを宣べ伝える人々の群れに加えられ、エルサレム教会から来たバルナバにひきだされ、福音伝道に生涯を捧げイエス・キリストの福音を当時の全世界に宣べ伝えました。

パウロは最初の伝道旅行でテモテに出会い、信仰の愛する子として信頼したテモテと共に、何度かの伝道旅行に出かけ、第三次伝道旅行からエルサレムへ帰還したときに 自分自身が熱心なパリサイ派の議員であったように、伝統的なユダヤ人たちからの反感を買って無実の罪を着せられ、紆余曲折を経て身の潔白を証しするために時のローマ皇帝に上訴し、ローマで紀元59年頃から軟禁状態に置かれ、囚われの身となっている間に至るまでパウロとテモテのイエス・キリストを主と仰ぐ信仰の堅い結びつきが続きました。

テモテとの関係はその後も続き、新約聖書の正典に記載されている使徒書には記録されていませんが、皇帝に上訴した最初の裁判では、おそらく紀元61年頃一旦軟禁状態にあったローマでの囚われの身から解放され、この期間に第4次伝道旅行ともいうべき伝道の旅を続け、その後再び囚われの身となってローマ皇帝ネロによって死罪の判決を受けることになとなるこの世での最後の期間に、このテモテに宛てた手紙を残しているとされています。

パウロは、自分のことを、最初は使徒たちの中でいちばん小さい者であって、使徒と呼ばれる値打ちのない者と述べ、時が経つにつれて、福音を信じ神の国を継ぐものとされたものたちのうちで最も小さい者と述べ、テモテに宛てたこの生涯の最後期の手紙では、わたしは、罪人のかしらなのである。と述べています。

この世に人として来られたイエスに出会い、復活のイエスにも実際に出会った使徒たちの中でいちばん小さい者から、福音を信じた人々たちのうちで最も小さい者へ、さらに罪人のかしらへとパウロは信仰生活を深めてゆくにつれて自分のことを卑下しているのでしょうか。

人は、イエスの本当の姿、真実の光に照らされなければ自分自身の本当の姿をも見ることができません。人は誇りや他の人々との比較によって自分自身を欺き、自分の本当の姿を見失っています。
しかし、イエスの本当の姿を垣間見た人々は、圧倒的な光に照らされ、神の光に自分自身の本当の姿を照らされた人々は、神の栄光の御前で自分自身の暗さ、醜さ、矮小さ、汚れ、罪深さに気付かされるという体験をしています。
           
聖書をとおしてそのような体験をした人々がいくつもの箇所に記述されています。(ヨブ記42章5-6、ダニエル書10章8、ルカ福音書5章8、使徒書9章1-5、ヨハネ黙示録1章17-18 参照) 
                    
イザヤ書にはイスラエル南ユダ王国の祭司イザヤが、ウジヤ王の死んだ年に、高くあげられた天の御座に圧倒的な栄光の主が座っておられるのを見、この栄光の主、神に触れられたときに神の御前でいかに自分が汚れ、汚れた民とともに住んでいる存在であることに気付かされました。

イザヤも「ああ。私は、もうだめだ。私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間に住んでいる。しかも万軍の主である王を、この目で見たのだから。」ということばを発しています。

後に老齢になった使徒ヨハネが、パトモス島に島流しになり、そこで幻のうちに栄光のキリストに出会い、その足元に倒れ伏したときにも、栄光のキリストは、罪を蔽う足までたれた衣を着、胸に金色に輝く真理と正義の帯を締め、滅びへと向かう人々を憐れみ、赦し、緋のような罪を羊の毛のように白くされ、赤く染まった背きの性質を雪のようにされる象徴として髪の毛は、白い羊毛のようであったというのです。そして、すべてを見通し、判断し、各人の働きの真価をためす燃える炎のような目をされ、罪と穢れを公平に厳しく裁く炉で精錬され光輝く真鍮(しんちゅう)の足を持ち、右手ですべてのキリストを信じる教会を支えられ、霊に満ちた大水の轟きのような声で、心の思いを深く見分けられる鋭い両刃の剣のような言葉を語られ、強く照り輝く太陽のような御顔であったという、どんな正しいとされる人々もその栄光の前にまともには立っておられない圧倒的な姿でした。 

神を見、神の光に照らされた人々は自分の罪深さを知り、神の慈しみと恵みを心から求めることになります。

すべての人が自分の意志を優先し、この世の思いに捉われ、創造者である神との霊の交わり、神の光から遠ざけられ、裁きと滅びに向かう状態にあります。しかし、イエス・キリストの栄光の光に照らされて自分自身を見るとき、神は、憐れみと恵みによってわたしたちをキリストの復活と共に生かしてくださったことに気付くのです。

わたしたちの問題は、わたしたちの光によってお互いを見ていることにあります。
他の人の光、他の人や人の持っている基準によって自分を見るときには、自分自身はそれほど醜くはなく、自分がそれほど罪深いものだということに気づきません。
薄暗い照明のなかで自分の姿を鏡に映し出し満更でもないと思うことがあります。
殊に若し目が悪ければ、誰でも自分の取り柄になる部分だけをおぼろげに思い出して自分自身を納得させるのです。
しかし、光輝く白日のもとに自分の姿が映し出されると、自分で善いと思っていた部分の欠点や醜さが晒されます。
わたしたちがどのような光のもとで自分を見ているかによって自分自身の評価は変わってきます。もし、イエス・キリストの光に照らされて自分自身を見ると突然、あらゆる欠点、醜さ、汚れ、罪深さ、が白日のもとに晒されます。そして、人は、そのときに真実を見ます。
わたしたちひとりひとりに言えることは、神の栄光の光に照らされて「ああ、私はもう駄目だ。」という砕かれた思いを告白し、だれでも、思うべき限度を超えて思い上がらず、神がおのおのに分け与えてくださる信仰の量りに応じ、与えられた賜物を主の御心に従って使うことです。(ロマ書12章3 参照)
わたしたちは、自分では自分の汚れを取り除くことは決してできません。しかし、神の栄光の光に照らされて自分のうちにある闇を認め、汚れに気付き「ああ。私はもう駄目だ。主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者です」。という告白をするとき、神がわたしたちの汚れを取り去ってくださいます。

神に出会い、神を見る人は、幸いです。
「心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。」(マタイ福音書5章8)

わたしたちが、この神の栄光、愛、恵みに応えるとき、わたしたちの汚れを取り除くだけではなく、わたしたちを新しいものに変え、神の栄光を他の人々に伝え、証しする器へと変えられます。

パウロは、栄光の復活のキリストに出会い、その光により照らされ、神が約束を守られ、メシアは最初に人を滅びから救うめにこの世に来られただけでなく、これからもすでに述べられた預言を完全に成就される方であることことに気付き、律法を完全に成就され、十字架の贖いと復活によって、わたしたちの罪を贖われ、死を滅ぼされ、わたしたちを栄光の永遠のいのちに招かれ、再び、王として神の国を建てられ支配し治められるために来られるイエス・キリストの福音伝道の器に福音を信じる人々を迫害した過去にも拘わらず自分を選び、この世の状況を越えてわたしたちの内に聖霊として共に人生を歩まれ、わたしたちのために生きた永遠のいのちの栄光を確実にされた神の愛の深さ、恵みのすばらしさに圧倒され、イエス・キリストのことをテモテへ宛てた親書で「『キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世にきて下さった』という言葉は、確実で、そのまま受けいれるに足るものである。わたしは、その罪人のかしらなのである。」と感嘆の声をあげています。

                               



 

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