神の永遠の御腕 

(申命記33章26-27)


詩篇の作者は、神の永遠性について、
「主よ。あなたは代々にわたって私たちの住まいです。
山々が生まれる前から、あなたが地と世界とを生み出す前から、まことに、とこしえからとこしえまであなたは神です。」(詩篇90章1-2)

「これらのものは滅びるでしょう。しかし、あなたはながらえられます。すべてのものは衣のようにすり切れます。あなたが着物のように取り替えられると、それらは変わってしまいます。
しかし、あなたは変わることがなく、あなたの年は尽きることがありません。
と言っています。」(詩篇102編26-27)

わたしたち被造物である人間は、神がどのようにすべてを創造されたのか、神の永遠について、すべてを理解することは到底できません。


わたしたちは、目の前に起こる状況を見るとき、一体何故このようなことが起こらなければならないのだろう、とか、何故このようなことが許されるのだろう、といった疑問に打ちのめされる場面に、しばしば遭遇します。

全てを創造され、永遠に変らない神が、全能、全知であり、愛の方であるとすれば、わたしたちが直面するすべてのことが、神の御手のなかにあることがわかります。
神の力と偉大さを忘れ、栄光の主が共におられ、支えておられることを忘れ、自分の力に頼ろうとするとき、問題はますます大きなものに思え、問題に捉われ、状況に圧迫されてしまうのです。


わたしたちにとって、一見、無秩序や理解できない事柄がおこっているように思えても、すべてが神ご自身の偉大なご計画と目的に合致し、すべてが一貫した秩序のなかで、最もすぐれた方法のなかで、無秩序にみえること、不合理にみえることの起こることをも許されているのです。

神の知恵とご計画、神がすべてについて、最も優れた有効な方法によって、ご自身の目的とされていることを達成されることについて、

「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。・・主の御告げ。・・
天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。
雨や雪が天から降ってもとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種蒔く者には種を与え、食べる者にはパンを与える。
そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。」(イザヤ書55章8-11)

わたしたち個人にとっても、混乱のなかにあると思われる状況、不必要に思える試練をとうして主である神はすべての状況を超えて最終的にご自身の目的を達成されます。


「それゆえ、イスラエル人に言え。わたしは主である。わたしはあなたがたをエジプトの苦役の下から連れ出し、労役から救い出す。伸ばした腕と大いなるさばきとによってあなたがたを贖う。」(出エジプト記6章6)
 
「主よ。私たちをあわれんでください。私たちはあなたを待ち望みます。朝ごとに、私たちの腕となり、苦難の時の私たちの救いとなってください。」(イザヤ書33章2)

「主はすべての国々の目の前に、聖なる御腕を現わした。地の果て果てもみな、私たちの神の救いを見る。」(イザヤ書52章10)

「主は右の手と、力強い腕によって誓われた。『わたしは再びあなたの穀物を、あなたの敵に食物として与えない。あなたの労して作った新しいぶどう酒を、外国人に決して飲ませない。 』」(イザヤ書62章8)

と述べられ、神の御腕が、神の力強さとして形容され、さらに神がすべてのことをおできになること、神に来る人をいつも救うことがおできになること、神に信頼する者すべてを支えてくださること、について、

「キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。
したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられる。」(ヘブル書7章24-25)

「あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方に、
すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、私たちの主イエス・キリストを通して、永遠の先にも、今も、また世々限りなくありますように。アーメン。」(ユダ書24-25)

「キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。」(ピリピ書3章21)

「 あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです。」(ピリピ書1章6)


詩篇の作者が言っているように、
「やめよ。わたしこそ神であることを知れ。わたしは国々の間であがめられ、地の上であがめられる。静まって、わたしこそ神であることを知れ。わたしはもろもろの国民のうちにあがめられ、全地にあがめられる。」(詩篇46章10-11)

不安な状況、試練のなかにあるときに、いつもわたしたちを救うことのおできになる方、わたしたちを栄光の御前に喜びをもって立たせることのできる方、万物をご自身に従わせることのおできになる方に信頼することこそ信仰であり、静まって神のなさることを待ち望むとき、状況をこえた神の平安が与えられ、永遠の神が力強い御腕をもって、わたしたちを守り、支えられます。  



 
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