繁栄の秘訣(第二サムエル2章2ー4)


父ダビデの跡を継いで王位に就くことに、年若いソロモンは、自分でも「わが神、主よ。今、あなたは私の父ダビデに代わって、このしもべを王とされました。しかし、私は小さい子どもで、出入りするすべを知りません。」(列王上3章7)と述べているように、おびただしい民を治め、聞き分けるという重責に圧倒されていました。

このような息子ソロモンに対し、ダビデは、「強く、男らしくありなさい。」と、励ましを与えた後で、ソロモンが何をしても、どこへ行っても栄えるための鍵となることばを述べています。
「あなたの神、主の戒めを守り、モーセの律法に書かれているとおりに、主のおきてと、命令と、定めと、さとしとを守って主の道を歩まなければならない。」ということが、ダビデがソロモンに伝えた王国が栄えるための秘訣でした。





繁栄することと、神の律法、掟、戒めを守り行うことには直接の関係があります。
神は、ソロモンが神殿を建設しているときに、「あなたが建てているこの神殿については、もし、あなたがわたしのおきてに歩み、わたしの定めを行ない、わたしのすべての命令を守り、これによって歩むなら、わたしがあなたの父ダビデにあなたについて約束したことを成就しよう。 わたしはイスラエルの子らのただ中に住み、わたしの民イスラエルを捨てることはしない。(列王上6章12、13)」と、約束されました。
ここで注意する必要があるのは、神がソロモンに、もし全き心を持って正しく神の前を歩み、すべて命じたように行って定めと掟を守るなら、神はイスラエルのただ中に住み、イスラエルを捨てることはない、という条件つきの約束となっていることです。


「幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。
まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。
悪者は、それとは違い、まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。
それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、罪人は、正しい者のつどいに立てない。
まことに、主は、正しい者の道を知っておられる。しかし、悪者の道は滅びうせる。(詩篇1章1-6)」                                                    


しかし、ソロモンはエジプトの王パロと互いに縁を結び、パロの娘をめとり、ダビデの町に連れてきて王妃としました。この後、多くの外国の女たちを愛し、神が言われた「 王は、自分のために決して馬を多くふやしてはならない。馬をふやすためだといって民をエジプトに帰らせてはならない。『二度とこの道を帰ってはならない。』と主はあなたがたに言われた。
多くの妻を持ってはならない。心をそらせてはならない。自分のために金銀を非常に多くふやしてはならない。(申命記17章16、17)」という王にたいする主の戒めに背き、「あなたがたは彼らの中にはいって行ってはならない。彼らをもあなたがたの中に入れてはならない。さもないと、彼らは必ずあなたがたの心を転じて彼らの神々に従わせる。」と主が言われた女たちを妻妾として王の後宮に迎え、年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々のほうへ向けたので、彼の心は、父ダビデの心とは違って、彼の神、主と全く一つにはなりませんでした。
こうしてソロモンは、主の目の前に悪を行ない、父ダビデのようには、主に従い通さなかった(列王上11章4、6)ために、神は王国をソロモンから引き裂いて、イスラエルは二つの王国に分裂してゆくことになりました。


長老ヨハネも、ガイオに手紙を送り、「 愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。(第三ヨハネの手紙1章2)」とガイオの繁栄を祈っています。

主を愛し、心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして主のことばを守り、主との生きた関係のなかで人生を歩むとき、主からの祝福と繁栄を受けるものとなります。
「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。(マタイ福音書6章33)」という言葉は、変わらない真理です。



 
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