確かな預言のみことば

(マルコ福音書15章28)


マルコの福音書は、罪のないイエスが罪人のひとりに数えられ、わたしたちの罪のために死なれたことがすべて預言の成就だということを宣言しています。

「 私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれた。」(第一コリント書15章3)

聖書の預言が確実であり、信頼できることは、神がこれから起こることを詳細に述べておられ、預言が文字通り成就したことによって裏付けられています。                

マルコの福音書のこの箇所は、旧約聖書において、キリストの十字架の歴史的出来事が起こる約七百年前に、「それゆえ、わたしは、多くの人々を彼に分け与え、彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに数えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。」(イザヤ書53章12)というイザヤをとおして、神ご自身が述べられた預言のことばがイエスの十字架によって成就したことが、示されています。
イエスが裏切られ、偽証による裁判を受け、暴行を受け、ローマ総督ピラトの手に渡され、拷問の苦難と十字架の死を遂げ、葬られるまでの一部始終がすべて旧約における預言の成就であり、聖書のことばが確かなものであることを示しています。


マルコの福音書が述べている歴史的事実の描写、イエスが弟子の一人に裏切られ十字架の死に至り葬られるまでの短い時間の詳しい描写だけを取り上げても、それらの出来事がすべて預言されたことの歴史的な成就であることを証明しています。

イエスの弟子の一人ユダの裏切りから、十字架に架かり、死んで葬られるまでの出来事の詳細を、マルコの福音書の記述と旧約の預言が預言している箇所を比較しながら、神のことばがいかに詳細に成就し、的確に神の御子の贖いが預言どおりに成就したことを見ることができます。

-ユダの裏切り

イエスの弟子の一人イスカリオテのユダが銀貨三十枚で祭司長、長老に売りイエスを裏切ることを、イエスがこの世に来られる約五百年前にゼカリヤの預言に詳細に述べられています。
「私は彼らに言った。『あなたがたがよいと思うなら、私に賃金を払いなさい。もし、そうでないなら、やめなさい。』すると彼らは、私の賃金として、銀三十シェケルを量った。主は私に仰せられた。『彼らによってわたしが値積もりされた尊い価を、陶器師に投げ与えよ。』そこで、私は銀三十を取り、それを主の宮の陶器師に投げ与えた。」(ゼカリア書11章12,13)と、ゼカリヤは述べています。

マルコの福音書には、「ところで、イスカリオテ・ユダは、十二弟子のひとりであるが、イエスを売ろうとして祭司長たちのところへ出向いて行った。
彼らはこれを聞いて喜んで、金をやろうと約束した。そこでユダは、どうしたら、うまいぐあいにイエスを引き渡せるかと、ねらっていた。」(マルコ福音書14章10-11)と、述べられ、マタイ福音書でも「そのとき、イエスを売ったユダは、イエスが罪に定められたのを知って後悔し、銀貨三十枚を、祭司長、長老たちに返して、『私は罪を犯した。罪のない人の血を売ったりして。』と言った。」(マタイ福音書27章3-4)と、ユダがイエスを銀貨三十枚で裏切り、イエスを売ったことが述べられています。

ユダはイエスを売った後でこのことを後悔し、その銀貨を返そうとしましたが、すでに取り返しのつかないことを祭司長たちから宣告され、銀貨を神殿に投げ込んで立ち去り外に出て行って、首をつって死にました。
祭司長たちは銀貨を取って、「これを神殿の金庫に入れるのはよくない。血の代価だから。」と言い、相談の結果、その金で陶器師の畑を買い、旅人たちの墓地にし、その畑が血の畑と呼ばれるようになりました。(マタイ福音書27章3-8参照)

ここでも、イエスが銀貨三十枚で売られ、その銀貨三十枚が墓場としてしか利用できない陶器師の畑を買う値段となるというゼカリヤの預言が成就していることがわかります。
さらに、イエスが友と呼んだ弟子のユダの裏切り(マタイ福音書26章50参照)について、紀元前千年頃すでに「 私が信頼し、私のパンを食べた親しい友までが、私にそむいて、かかとを上げた。」(詩篇41篇8)と、パンと杯をイエスと共にした弟子の一人によって裏切られることが預言されています。

-弟子たちのつまずき

イエスは、過ぎ越しの祭りの夜に、パンと杯をとられ最後の晩餐をされた後で、弟子たちに「あなたがたはみな、つまずきます。『わたしが羊飼いを打つ。すると、羊は散り散りになる。』」(マルコ福音書 14章27)といわれ、このことばのとおり、イエスが捕らえられたとき、すべての弟子たちが散り散りになって逃げ、イエスを否みました。     

これも、旧約ゼカリア書に、そのことが起こる約五百年以前に 「 剣よ。目をさましてわたしの牧者を攻め、わたしの仲間の者を攻めよ。・・万軍の主の御告げ。・・牧者を打ち殺せ。そうすれば、羊は散って行き、わたしは、この手を子どもたちに向ける。」(ゼカリア書13章7)と預言されたことの成就でした。

-イエスの沈黙

イエスが捕らえられ、大祭司のところに連れられて行くと、祭司長、長老、律法学者たちがみな、集まってイエスを死刑にするために、イエスを訴える証拠をつかもうと努め、多くのものがイエスに対する偽証し、証言が一致しなかったので大祭司が立ち上がり、真中に進み出てイエスに「何も答えないのか。これらの人々があなたに対して不利な証言を申し立てているが、どうなのか。」と尋ねました。(マルコ福音書14章55-61参照)
イエスが黙っていて、何もお答えにならなかったので、大祭司は「あなたは、ほむべき者の子、キリストであるか。」と再び聞きただしました。
イエスは、「わたしがそれである。あなたがたは人の子が力ある者の右に座し、天の雲に乗って来るのを見るであろう。」と答えられたので、大祭司は自分の衣を引き裂いて「どうして、これ以上、証人の必要があろう。あなたがたはこのけがし言を聞いた。あなたがたの意見はどうか。」と、言うと長老、律法学者によって構成される議会の皆がイエスは死に当たるものと断定しました。(マルコ福音書14章60-64参照)
そして、ある者はイエスにつばきをかけ、目隠しをし、こぶしでたたいて、「言いあててみよ」と言いはじめました。また下役どもはイエスを引きとって、手のひらでたたいたりしました。
(マルコ福音書14章65)
さらに死刑執行権をローマ帝国によって奪われていたイスラエルの大祭司、議会がイエスをローマ総督ピラトに引渡し、祭司長たちがきびしくイエスを訴えたときもイエスは何もお答えになりませんでした。ピラトも驚き、「何も答えないのですか。見なさい。彼らはあんなにまであなたを訴えているのです。」と、イエスに尋ねています。(マルコ福音書15章1-5)

イエスが祭司長、議会、ローマ総督の申し立てや尋問にも黙っていて、何もお答えにならなかったことについて、「彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く小羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。」(イザヤ書53章7) と、紀元前七百年頃にすでにこのことについて詳しい預言がイザヤによって述べられています。

-むちうち刑の拷問

群衆が祭司長、長老たちによって煽動され、群衆の暴動を恐れたピラトは死刑囚のバラバを釈放し、イエスをむち打った後、十字架につけるため引き渡しました。兵士たちは「イエスに紫の衣を着せ、いばらの冠をかぶらせ、それから、『ユダヤ人の王さま。ばんざい。』と叫んであいさつをし始めた。 また、葦の棒でイエスの頭をたたいたり、つばきをかけたり、ひざまずいて拝んだりしていた。彼らはイエスを嘲弄したあげく、その紫の衣を脱がせて、もとの着物をイエスに着せた。それから、イエスを十字架につけるために連れ出した。」(マルコ福音書15章17-20)
この箇所では、イエスがローマの拷問刑、むちうち刑を受けられ、いばらの冠りを頭に被せられ、兵士の嘲りのなかで十字架の極刑に架かられることの詳細が述べられています。

このことについても、「 打つ者に私の背中をまかせ、ひげを抜く者に私の頬をまかせ、侮辱されても、つばきをかけられても、私の顔を隠さなかった。」(イザヤ書50章6)「しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」(イザヤ書53章5)と、イザヤは実際にそのことの起こる約七百年以前に詳細な預言をしています。

-イエスの十字架

「彼らはイエスをゴルゴタの場所(訳すと、「どくろ」の場所)へ連れて行った。そして彼らは、没薬を混ぜたぶどう酒をイエスに与えようとしたが、イエスはお飲みにならなかった。それから、彼らは、イエスを十字架につけた。そして、だれが何を取るかをくじ引きで決めたうえで、イエスの着物を分けた。」(マルコ福音書15章22-24)

兵士たちがイエスの着物をくじによってだれが取るかを決めたことについて、
「彼らは私の着物を互いに分け合い、私の一つの着物を、くじ引きにします。」(詩篇22編18)と、約紀元前千年以前にダビデによって詠まれた預言のなかに着物をどのように分けあうのかという詳細までが預言されています。

イエスを十字架につけるとき、兵士たちは、イエスの手と足を釘で十字架に打ちつけましたが、この様子についても、紀元前千年頃の時点で、人類に十字架刑のような極刑が考えられていなかったときに同じ詩篇のなかで「わたしは水のように注ぎ出され、わたしの骨はことごとくはずれ、わたしの心臓は、ろうのように、胸のうちで溶けた。わたしの力は陶器の破片のようにかわき、わたしの舌はあごにつく。あなたはわたしを死のちりに伏させられる。まことに、犬はわたしをめぐり、悪を行う者の群れがわたしを囲んで、わたしの手と足を刺し貫いた。」(詩篇22篇14-16口語訳)と、十字架刑の正確な様子が預言されています。

「彼らがイエスを十字架につけたのは、午前九時であった。イエスの罪状書きには、『ユダヤ人の王。』と書いてあった。 また彼らは、イエスとともにふたりの強盗を、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけた。 」(マルコ福音書15章25-27)と、記されていますが、この箇所についても、その約七百年以前に罪のない苦難の僕が罪人たちとともに数えられることをイザヤは、「 それゆえ、わたしは、多くの人々を彼に分け与え、彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに数えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。 」(イザヤ書53章12)と、預言しています。 

-群衆、祭司長、長老たちの反応

さらに、十字架に架かられたイエスを見て、「道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。『おお、神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。十字架から降りて来て、自分を救ってみろ。』」(マルコ福音書15章29、30)と述べられている箇所も、
約千年前にダビデによって詠まれた詩篇に人々が嘲り、頭を振ることまでが、 「私を見る者はみな、私をあざけります。彼らは口をとがらせ、頭を振ります。」(詩篇22篇7)と、預言されています。

さらに、「また、祭司長たちも同じように、律法学者たちといっしょになって、イエスをあざけって言った。『他人は救ったが、自分は救えない。キリスト、イスラエルの王さま。たった今、十字架から降りてもらおうか。われわれは、それを見たら信じるから。』また、イエスといっしょに十字架につけられた者たちもイエスをののしった。 」(マルコ福音書15章31,32)と、祭司長や律法学者たちが、十字架に架かられたイエスを見て言った言葉や動作までが「私を見る者はみな、私をあざけります。彼らは口をとがらせ、頭を振ります。 『主に身を任せよ。彼が助け出したらよい。彼に救い出させよ。彼のお気に入りなのだから。』」(詩篇22篇7,8)と、正確に預言されています。

-真昼に全地が暗闇に変わる

さて、十二時になったとき、全地が暗くなって、午後三時まで続いた。」(マルコ福音書15章33)という記述についても、紀元前755年頃南ユダ王国ベツレヘムの南東テコアでいちじく桑の木を栽培する牧者アモスが、「その日には、・・神である主の御告げ。・・わたしは真昼に太陽を沈ませ、日盛りに地を暗くし、あなたがたの祭りを喪に変え、あなたがたのすべての歌を哀歌に変え、すべての腰に荒布をまとわせ、すべての人の頭をそらせ、その日を、ひとり子を失ったときの喪のようにし、その終わりを苦い日のようにする。」(アモス書8章9,10)と、過ぎ越しの祭り、満月の時期の日盛りにひとり子を失ったときの喪のように地が暗くなるという驚くべき預言をしています。  

-十字架上で息を引き取る

十字架の上のイエスが大声で言われた「そして、三時に、イエスは大声で、『エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ。』と叫ばれた。それは訳すと『わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。』という意味である。」(マルコ福音書15章34)という描写についても、「わが神、わが神。どうして、私をお見捨てになったのですか。遠く離れて私をお救いにならないのですか。私のうめきのことばにも。わが神。昼、私は呼びます。しかし、あなたはお答えになりません。夜も、私は黙っていられません。」と、先のダビデが詠んだ詩篇22篇のなかで約紀元前千年頃にイエスの十字架上のことばが預言として詠まれています。

そのときに、「すると、ひとりが走って行って、海綿に酸いぶどう酒を含ませ、それを葦の棒につけて、イエスに飲ませようとしながら言った。『エリヤがやって来て、彼を降ろすかどうか、私たちは見ることにしよう。』」(マルコ福音書15章36) ということまで、ダビデの詠んだ詩篇に「彼らは私の食物の代わりに、苦味を与え、私が渇いたときには酢を飲ませました。」(詩篇69編21)と、十字架上のイエスが息を引き取る直前の様子が預言されています。 

-金持ちの墓に葬られる

イエスが息を引き取られた後も、「アリマタヤのヨセフは、思い切ってピラトのところに行き、イエスのからだの下げ渡しを願った。ヨセフは有力な議員であり、みずからも神の国を待ち望んでいた人であった。ピラトは、イエスがもう死んだのかと驚いて、百人隊長を呼び出し、イエスがすでに死んでしまったかどうかを問いただした。そして、百人隊長からそうと確かめてから、イエスのからだをヨセフに与えた。そこで、ヨセフは亜麻布を買い、イエスを取り降ろしてその亜麻布に包み、岩を掘って造った墓に納めた。墓の入口には石をころがしかけておいた。」(マルコ福音書15章43-46)と記されている歴史的な事実が、
「彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた。彼は暴虐を行なわず、その口に欺きはなかったが。」(イザヤ書53章9)と、紀元前七百年頃のイザヤをとおして預言が述べられています。

-罪過のためのいけにえ

イザヤは、「彼は暴虐を行なわず、その口に欺きはなかったが。しかし、彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった。もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く、子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。
彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を彼がになう。」(イザヤ書53章9-11)と述べて、多くの人を義とするために、自分自身には暴虐がなく、口に欺きがなく罪のない苦難の僕がいのちを罪過のためのいけにえとされることを預言しています。


イエスが弟子の一人ユダに裏切られ、ゲッセマネの園で祭司長、長老から差し向けられた剣や棒を手にした神殿衛兵や群衆によって捕らえられ、大祭司、律法学者たちによるデッチあげの違法裁判によって議会から死刑の宣告を受け、ローマ総督ピラトのもとに引き渡され、鞭打ちの拷問の後で十字架に架かり死に至り葬られるまでの時間は、18時間からせいぜい20時間という短い時間のうちに起こった歴史的な出来事です。

マルコの福音書の記録と旧約の預言を対比しながら見るとき、この歴史的出来事が起こる何百年も前に預言され、記述された多くの預言の言葉の詳細が成就することを改めて確認できます。

しかし、預言のことばに懐疑的な人のなかには、預言が実際には預言ではなく多くの記述が実際に起こった出来事の後で記述されたのだという主張をします。

例えば、ダニエル書の預言が歴史上あまりにも正確に的中しているためにダニエル書の記述が紀元前530年頃ではなくアレクサンダーによってギリシャ帝国が世界征服を遂げた紀元前326年以降、紀元前160年頃に記されたという主張をしますが、旧約聖書がギリシア語に翻訳された七十人訳は、すでに紀元前200年には編纂されており、この七十人訳にはすでにダニエル書が含まれていることからも聖書のことばに懐疑的な人々の主張が根拠のないものだということが明らかであることがわかります。

イザヤ書についても、イザヤ書が一人の著作ではなく、預言されている事柄が歴史のなかで現実に起こった後で異なった何人かの編集者がイザヤの名前を使って編集したのだという主張さえ神学者といわれる人たちのあいだでさえ存在します。
しかし、この主張も根拠を欠いた主張であり、イザヤ書は、明らかに紀元前740年頃から690年頃までの期間、分裂したイスラエルの南王国ユダのウジヤ王から、その子ヨタム、アハズ、ヒゼキヤ王の時代、南ユダ王国アモツの子、イザヤ一人によって記されていることがわかります。(イザヤ書の背景と概要参照)

さらに、聖書の預言をよく知り、御自身の復活を知っていたイエスが旧約聖書に述べられた預言に合わせて、過ぎ越しの祭りのときに合わせて十字架にわざと架かられたのだという主張があります。
この主張も、イエスがどんなにわざと十字架に架かられたとしても、イエスを裏切るユダが銀貨30枚で祭司、長老たちにイエスを売ることや、ローマ兵たちがイエスに紫の衣を着せ、いばらの冠をかぶらされ、彼らはその着物をくじ引きし互いに分け合ったり、十字架のイエスを見て祭司長、長老、群集の反応までも演出することなど、すべて行うことが不可能なことは明らかです。
従って、聖書の預言の成就にたいするこれらの疑問が根拠のないものであり、神の御子イエスが十字架に架かられ贖いを完成されるという預言が、人知を超えた神のご計画の成就であり、わたしたちは、預言のみことばが確実に成就することに絶対の信頼を置くことができます。
そして、それによってわたしたちは、神のことばに対する確信を一層深めることができます。


イエスが弟子の一人に裏切られ十字架の死に至り、葬られるまでの預言が一人の人のうえに偶然に成就する確率を、それぞれの詳細な預言についての要素を考慮して統計的に的中する可能性を計算すると、複合統計的中率は、控えめな見積り計算をしても10の49乗分の1の確率になると言われています。(“The Gospel we preach” Study Noteチャック・スミスより引用)

このような、膨大な確率で的中する出来事はもはや偶然とは言えず、天空と時空を越えた創造の神のご計画と業による出来事としか言いようがありません。

したがって、「キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれた。」ということが疑う余地のない歴史的事実として旧約の預言を記したことばの成就であることを示し、それが偶然に起こった出来事ではなく、天地を創造された神のご計画のなかでわたしたちの神にたいする背きの罪を赦すための神の恵みの業として起こった出来事だということを証ししています。 

神の御子キリストが聖書の預言どおり、わたしたちの罪のために死なれたこと、また、葬られ、聖書に従って三日目によみがえられ、ケパに現われ、それから十二弟子に現われ、五百人以上の兄弟たちに同時に現われた、(第一コリント人への手紙15章3-6)ということこそすべての人に伝えられるべき素晴らしい福音です。 
そして、この素晴らしい福音を信じられないということは、わたしたちが、理性的な判断をも否定していることになります。

創造の神の素晴らしいご計画と愛を否定する人々は、信じることができないのではなく、信じないという選択をすべての動かない証拠や理由に拘わらず心に決めているのです。

罪のないイエスがすべての人の罪の身代わりとしてになられ十字架の上で犠牲の血を流され、わたしたちの罪を赦されるための贖いをされたことに優る神の愛はありません。

使徒ペテロも、預言の御言葉は、イエスが神の御子であるという声を天から聞くよりも確かなものなのだと宣言しています。

「私たちは、あなたがたに、私たちの主イエス・キリストの力と来臨とを知らせましたが、それは、うまく考え出した作り話に従ったのではありません。この私たちは、キリストの威光の目撃者なのです。
キリストが父なる神から誉れと栄光をお受けになったとき、おごそかな、栄光の神から、こういう御声がかかりました。『これはわたしの愛する子、わたしの喜ぶ者である。』
私たちは聖なる山で主イエスとともにいたので、天からかかったこの御声を、自分自身で聞いたのです。
また、私たちは、さらに確かな預言のみことばを持っています。夜明けとなって、明けの明星があなたがたの心の中に上るまでは、暗い所を照らすともしびとして、それに目を留めているとよいのです。」(第二ペテロの手紙1章16-19)



 
マルコ福音書のメッセージ


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