全てに神の御手を認める

(ネヘミア書2章1、5-6)


イスラエルの民は、バビロニア帝国によってBC586年に神殿を滅ぼされ、ペルシャのクロス王によって、エルサレムへの帰還をBC536年に許されます。その後アルタシャスタ王の第七年、BC458年、さらに、アルタシャスタ王第二十年のニサンの月、BC445年、合計三度に渡り、エルサレムへの帰還を許されました。

エルサレムへの帰還をゆるされたイスラエルの民は、ネヘミア、エズラなどの指導者たちのもとで、バビロニアによって壊滅した神殿とエルサレムの城壁の再建を行いました。
エルサレムの神殿と城壁に関して、人類の救い、救い主の再臨、これからの人類の歴史に起こることについて大変重要な預言が述べられています。


ユダ王国エホヤキムが王であったとき紀元前605年ネブカデネザルの率いるバビロニア軍によってエルサレムが侵略され、このときユダ王国から第一次バビロニアへ捕囚となった貴族のうちの一人ダニエルは十代のときに他の王族、貴族たちと共にバビロニア帝国に捕囚の身となりました。

この紀元前605年からバビロニア帝国が滅びミードペルシア帝国の時代に至る紀元前530年頃に至るまで、ダニエルはバビロニア帝国ネブカデネザル、ベルシアザル、ミード国ダリオス、ペルシア帝国クロスなどの異邦の王たちに仕え、政治の中枢にあって異邦の時代とメシアの預言を述べ、エルサレムの神殿と城壁に関しても詳しく預言をしています。

ダニエルが述べたイスラエルの民と、異邦人の時代について、神の国がどのようにもたらされるかについてわたしたちも詳しく知ることができます。

ダニエルの預言には、イスラエルの民とエルサレムの神殿に関して、「イスラエルの民のなかから、咎を終わらせ、罪に終わりを告げ、不義を贖い、永遠の義をもたらすメシアが出現し、メシアは断たれ、きたるべき君の民は、町と聖所を滅ぼし、その終わりが洪水のように臨み、そしてその終わりまで戦争が続き、荒廃が定められている」ことが述べられています。

• ダニエル 9:24 あなたの民とあなたの聖なる都については、七十週が定められている。それは、そむきをやめさせ、罪を終わらせ、咎を贖い、永遠の義をもたらし、幻と預言とを確証し、至聖所に油をそそぐためである。
• ダニエル 9:25 それゆえ、知れ。悟れ。引き揚げてエルサレムを再建せよ、との命令が出てから、油そそがれた者、君主の来るまでが七週。また六十二週の間、その苦しみの時代に再び広場とほりが建て直される。
• ダニエル 9:26 その六十二週の後、油そそがれた者は断たれ、彼には何も残らない。やがて来たるべき君主の民が町と聖所を破壊する。その終わりには洪水が起こり、その終わりまで戦いが続いて、荒廃が定められている。
• ダニエル 9:27 彼は一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現われる。ついに、定められた絶滅が、荒らす者の上にふりかかる。」


この預言は、イスラエルの民とエルサレムの神殿に関して、ある決められた時から七十週、すなわち、合計で490年の期間が定められ、その期間を経て、そむきをやめさせ、罪を終わらせ、咎を贖い、永遠の義をもたらし、幻と預言とを確証し、再建された神殿の至聖所に油をそそがれた救い主、メシアによって神の国がこの世に到来する、という預言です。

この、ダニエルの預言でまず週と訳されているヘブル語のシャブアという言葉は、七の周期をあらわす言葉で、この場合7年を意味し、「あなたの民とあなたの聖なる都」とは、イスラエルの民とエルサレムの都のことをさしています。

イスラエルの民とエルサレムの都について、70x7年=490年の期間が定められ、それは、「とがを終わらせ、罪に終わりを告げ、不義をあがない、永遠の義をもたらし、幻と預言者を封じ、いと聖なる者に油を注ぐ」ためと言っています。

この490年の期間は、7週と62週の合計69週と残りの1週に分けられます。

この69週目(7週+62週)については、「エルサレムを建て直せ、という命令が出てから、メシアなる君が来るまでに、69週、すなわち、69x7年=483年の期間があることを悟れ」というのです。

そして、この69週目の直後に、油そそがれた者は断たれるといっています。

そのメシアには、何も残らず、やがて来るべき君主の民によって、エルサレムの町と神殿が破壊され、その終わりには洪水が起こる、と言っています。それは、古代世界を制覇したローマ帝国によって、すなわち、終わりまでイスラエルの民は洪水のあふれるように散らされ、神殿とエルサレムの城壁は荒廃するというのです。 

さらに、最後の一週の7年間に出現する、「君」は、多くの者と契約を結び、神殿を再建し城壁を修復し、7年の半ばまで神殿に犠牲のささげ物を捧げ、3年半の時点でこれらの儀式を止めさせ、自分が神殿において神であることを宣言し、神殿を荒らす忌むべきものとなるというのです。その後、この「君」と、彼に支配され従うすべてのものに絶滅がふりかかり、定められた70週の後、「そむきをやめさせ、罪を終わらせ、咎を贖い、永遠の義がもたらされ、至聖所に油が注がれる」メシアが来られ、永遠の義がもたらされる、というのです。


ダニエルの預言で「エルサレムを再建せよ。」という勅令が出た日は、アルタシャスタ王の20年ニサンの月が、それに該当します。
この日は、アルタシャスタ王の献酌官であったネヘミアが、神殿の城壁の修復を願い出て許され王の勅令によってエルサレム城壁の修復をはじめた日でした。

イスラエルの民の帰還を許可するアルタシャスタ王からネヘミアに勅令が出された日が起点となって、救い主がこの世に来られ、神の国がこの世にもたらされるということが預言されています。
このことからも、この日が重要であることがわかります。

この、アルタシャスタ王の20年ニサンの月が、太陽暦で正確にいつなのかについて、イギリスのグリニッチ天文台の調べによって、BC445年3月14日に該当することが解明されています。(“The coming prince” Sir Robert Anderson,1841-1918の著作 参照)

このBC445年3月14日を起点として、それから69週、太陰暦で483年目、483x360日=173,880日は、太陽暦で、西暦32年4月6日に該当します。この西暦32年4月6日こそ、イエス・キリストがろばに乗ってエルサレムに入城し、ご自身をはじめてメシア、救いの君であることを公にされ、群衆からホサナ、ホサナという歓呼で迎えられた日です。

預言のとおりエルサレムを再建せよという勅令が出された日から1日の狂いなく69週目にイエス・キリストは群衆の歓呼に迎えられ、王としてエルサレムの神殿に入場されました。(ルカ福音書19章28-44 参照)そして、その数日後メシアなる君キリストは、預言されたとおり十字架の上で断たれました。


バビロニア帝国に滅ぼされたイスラエルの民がエルサレムへの帰還をペルシャの王によって許され、町と城壁を建て直せという勅令がでた日から数えて、69週目に 修復されたエルサレムの神殿にイエスが入城されたのは歴史的事実でした。

しかし、その直後にメシアは十字架の上で「断たれ」、ネヘミア、ゼルバベルによって再建され、ヘロデ王が拡張した神殿はローマ軍団によって崩壊され、エルサレムの城壁が崩されました。

ダニエルの預言は、部分的に、69週目までについては成就しました。

イエス・キリストの十字架と復活、紀元70年にローマの将軍タイタスの軍団によって、エルサレムの城壁が崩され、神殿が崩壊し世界中に離散して流浪の民となった歴史的事実によって、預言が現実のものとなったことを知ることができます。

そして再び、イスラエルの民、ユダヤ人たちは、約2千年の期間先祖からの土地を失い、国を失いました。

このために、エルサレム神殿と城壁についての預言の最後の一週、70週目の予言は中断されてしまいました。

1948年にイスラエルの民が約2千年の時を経て再び神の約束された地に集められ、1967年にエルサレムの町がイスラエルに奪回されたことによって、ダニエルの70週の預言の「彼は一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現われる。ついに、定められた絶滅が、荒らす者の上にふりかかる。」(ダニエル書9章27参照)という最後の部分の預言が、実際に成就してゆくお膳立てが整いました。


しかし、現代も、いまだにエルサレムの帰属権と城壁周辺は、中東パレスチナの領土問題として世界の火薬庫的な存在となっています。

• 聖書の預言は、イスラエルの民が散らされ、多くの日が過ぎて、イスラエルの民が多くの国々の民の中から連れ出され神の約束された地に住むようになる終わりの時に、ロシアを主体とする一時期前のソビエト連邦に含まれる国々、イラン、北アフリカのイスラム国家群、トルコなどの国々が、同盟を結んで突如イスラエルに大軍を侵攻し、侵略戦争を起こすことが、述べられています。
• この大軍はイスラエルの北方から侵攻し、多分核兵器によるイスラエル軍との交戦状態になるのだと思われます。この戦争で、ロシア、イランをふくむ北方からのイスラエル侵略同盟軍は、兵器、兵力に圧倒的に優る大軍にも拘わらず、神ご自身が介入され緒戦で致命的な敗北を喫します。(エゼキエル38章8-23)

このために、世界中が混乱状態に陥り、すべての国々が世界大戦争へまきこまれてゆくことは避けられない状態になります。


• 世界中が混乱状態に陥った時、旧ローマ帝国の領土、ヨーロッパ同盟国のなかから、この世界の不安と混乱を解決する人物が登場します。(ダニエル書2章41-43、7章7,20-21、黙示録13章1-7)
• この人物は、世界平和を期待する人々から「平和の君」ともてはやされるでしょう。しかしこの人物こそ、先のダニエルの70週の預言で触れた「来るべき君」であり、「彼」こそが、「一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現われる。ついに、定められた絶滅が、荒らす者の上にふりかかる。」という預言の箇所の中心的人物なのです。

この「君」によって中東和平の象徴ともいうべき神殿の再建とエルサレムの城壁が修復されます。

そして、イスラエルの民とエルサレムの神殿に関する70週の預言の時計の針が再び動きだします。
この時から最後の一週の7年間の期間が展開されます。

この場合の「彼」あるいは「君」は、メシア、キリストではなく、キリストに似て非なる人物、反キリストです。

そして、この7年間の終わりに本当の君、メシアが再臨され、約束された素晴らしい神の国が到来するのです。


この中東戦争と同時期か、それ以前にイエス・キリストの十字架の贖い、神の愛の御手を受け、聖霊の導きのなかに、キリストを主とし、信頼して生きる人々が、突如この世から携挙されます。

主イエスが十字架の上で完成された贖いを自分のものとして受け入れ、キリストに信頼して新しい命に歩むものは、異邦人の完成のなる時(ロマ書11章25 参照)、わたしたちの贖いを完成し、復活されて父なる神と共に御座に居られるキリストが、わたしたちを花嫁として携挙され、栄光の神の御座に迎えてくださいます。

この恵みと救いにあずかるクリスチャンにとって素晴らしい出来事は、神殿とエルサレムの城壁についての70週の最後の一週の時計の針が動き出す直前に起こります。

キリストの花嫁として取られる人々は、ダニエルの預言の最後の一週、7年間の患難のときをこの世で経験することはありません。

このように、エルサレムの神殿と城壁に関する預言をみるときに、全てのことに神の御手が働いていることを認めざるを得ません。 

いまから二千四百年以上も昔にペルシア帝国においてネヘミアが王にエルサレムの城壁の修復と再建を願い出て許され、妨害や逆境のなかで、52日間という驚異的短期間に城壁修復を行ったときも、神の御手が明らかに働かれていたように、今も神の御手は明らかに働かれておられます


エルサレムの神殿と城壁についての預言からも、キリストが教会を取られる携挙のとき、再び神殿の再建と城壁の修復がなされ、70週の預言の最後の一週である7年間の患難の時代とキリストの再臨の時が近づいていることがわかります。

異邦人の時が完成し、教会の携挙されるときが、もう今すぐにでも起こる出来事であること、世界の状況、わたしたちを取り巻く全てがこの予言を成就するための条件を整えていることは疑う余地がありません。 

このような時に、わたしたちひとりびとりが、神の恵みであるイエス・キリストの十字架の贖いを受けとり、人生の様々の試練のなかでも人知を超えた平安と喜びに歩み、永遠の栄光に満ちたいのちの希望に生きる道を与えられていることは素晴らしいことです。
救いの君がこの世に来られたことを自分のものとして受け取り、キリストがその花嫁である教会を取られ栄光の御前に立たせてくださるときの切迫している今こそ、一瞬、一瞬を聖霊の導きのなかに聖霊に満たされ歩むことが大切であることは、いうまでもありません。 
 



 
ネヘミア書のメッセージ


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