神の霊がイスラエルの家の上に注がれるとき

(エゼキエル書39章27-29)


神がエゼキエルをとおして予告されたことばは、違いなく歴史的な事実として成就しました。

それらは神の栄光が神殿から去り、エルサレムの神殿や城壁が滅び、ユダヤの民が国家を失い、捕囚となり、イスラエルの民、ユダ王国の偶像礼拝、神への背きに対する裁きが行われるいう預言でした。
しかし、それだけではなく、神はエゼキエルをとおして、国家が滅亡し、民が捕囚となり、世界中に散らされるという預言が現実のものとして成就してゆく紀元前586年頃を境として、このようななかにあっても神のイスラエルの民にたいする慈しみは変わらず、終わりのときにイスラエル王国とユダ王国の民がユダヤの民として再び集められ、イスラエルが一つの国として回復し、神の霊がイスラエルの家に注がれ神の栄光がエルサレムの神殿に再び注がれることを約束されました。

エゼキエル書は、36章から神がどのようにイスラエルの家を回復し、ご自身の霊を再び注がれるのか、その時が何時なのかについての預言が述べられています。
神がアブラハムに約束され、イスラエルの民に与えられたカナンの地に帰還を許され、町と城壁を建て直せという勅令がペルシャの王によって出され、修復されたエルサレムの神殿にイエスが入城されたのは歴史的事実でした。
しかし、その直後にメシアは十字架の上で「断たれ」、ネヘミア、ゼルバベルによって再建され、ヘロデ王が拡張した神殿は紀元70年ローマ軍団によって崩壊され、エルサレムの城壁が崩されました。(ダニエル書9章24-27、神殿とエルサレムの都の預言参照)
エルサレムは荒れ果てた廃墟となり、シオンの山々の地は木々の緑が無くなり、文字通り見捨てられた町々となり、何世紀もの間、地は荒れ、草木が枯れ、石だけが転がった土地となりました。


36章には、荒れた地となり廃墟となったイスラエルの山々、約束された土地が、長い時を経た終わりの時に回復することについて明確な預言がされています。
「神である主は、山や丘、谷川や谷、荒れ果てた廃墟、また、回りのほかの国々にかすめ奪われ、あざけられて見捨てられた町々に、こう仰せられる。
イスラエルの山々よ。おまえたちは枝を出し、わたしの民イスラエルのために実を結ぶ。彼らが帰って来るのが近いからだ。
わたしはおまえたちのところに行き、おまえたちのところに向かう。おまえたちは耕され、種が蒔かれる。
わたしは、おまえたちの上に人をふやし、イスラエルの全家に人をふやす。町々には人が住みつき、廃墟は建て直される。」(エゼキエル書36章8-10参照)

「神である主はこう仰せられる。わたしが、あなたがたをすべての不義からきよめる日に、わたしは町々を人が住めるようにし、廃墟を建て直す。
この荒れ果てた地は、通り過ぎるすべての者に荒地とみなされていたが、耕されるようになる。
このとき、人々はこう言おう。『荒れ果てていたこの国は、エデンの園のようになった。廃墟となり、荒れ果て、くつがえされていた町々も城壁が築かれ、人が住むようになった。』と。
あなたがたの回りに残された諸国の民も、主であるわたしが、くつがえされた所を建て直し、荒れ果てていた所に木を植えたことを知るようになる。主であるわたしがこれを語り、これを行なう。」(エゼキエル36章33-36)

長い期間イスラエルの地は荒れ、草木の生えていない石の多い荒地でしたが、シオンへの回帰を目指す中東欧地域に散在していたユダヤ人たちが19世紀当時オスマントルコ領であったシヤロン渓谷、ヤロン河流域のマラリア蚊の生息する湿地帯の土地を購入し、この地域から今まで不毛の地であった地域への開墾が行われ、緑が植えられ、ガリラヤ地方一帯から地中海沿岸のメギド平野に散在するマラリヤになる蚊の生息する澤地の開墾がされ、緑豊かな土地が回復してゆきました。そして、農作物、特に果樹栽培が盛んになり、エゼキエルをとおして預言されたイスラエルの地の回復が歴史的現実のものとなりました。 

世界中に散らされていたイスラエルの民、ユダヤ人たちがどのようにイスラエルの地に戻っていったのかについて多くの記録が残されています。

紀元1800年の時点ではイスラエル全土に住むユダヤ人の総人口は、約2万4千人足らずでした。
しかし、19世紀の後半に世界各地に離散していたユダヤ人のイスラエルへの回帰運動、シオニズムが起こりはじめ、イスラエルへの回帰、アリア(ユダヤ人のイスラエルへの移住)の啓蒙運動とともに、第1 アリヤ(1882 ~ 1903) から第2アリヤ(1904 ~ 1914) までの間に、ロシア/ ポーランド、ルーマニアそしてガリチア地方(カルパチア山脈の北方域)から、イスラエルの地(エレツイスラエル)にユダヤ人が移住し、ユダヤ人の総人口は約8万人に増加しました。
そして、第一次大戦後、パレスチナはそれまで続いたオスマントルコ(イスラム教)の支配からイギリスの委任統治領となります。 荒れ果てていたイスラエルには、多くの人々が集まり、活況を呈してきました。


37章からはイスラエルの民、国家が回復してゆくことが預言されています。
   
神はエゼキエルに、谷間にあるひどく干からびた多くの骨を見せ、この大量の骨が筋をつけ、肉を生じさせ、皮膚でおおい、息を吹き入れられて生き返るという幻を見せられました。

主は私に仰せられた。「人の子よ。これらの骨はイスラエルの全家である。ああ、彼らは、『私たちの骨は干からび、望みは消えうせ、私たちは断ち切られる。』と言っている。それゆえ、預言して彼らに言え。神である主はこう仰せられる。わたしの民よ。見よ。わたしはあなたがたの墓を開き、あなたがたをその墓から引き上げて、イスラエルの地に連れて行く。
わたしの民よ。わたしがあなたがたの墓を開き、あなたがたを墓から引き上げるとき、あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。
わたしがまた、わたしの霊をあなたがたのうちに入れると、あなたがたは生き返る。わたしは、あなたがたをあなたがたの地に住みつかせる。このとき、あなたがたは、主であるわたしがこれを語り、これを成し遂げたことを知ろう。・・主の御告げ。・・」
彼らに言え。神である主はこう仰せられる。見よ。わたしは、イスラエル人を、その行っていた諸国の民の間から連れ出し、彼らを四方から集め、彼らの地に連れて行く。わたしが彼らを、その地、イスラエルの山々で、一つの国とするとき、ひとりの王が彼ら全体の王となる。彼らはもはや二つの国とはならず、もはや決して二つの王国に分かれない。
彼らは二度と、その偶像や忌まわしいもの、またあらゆるそむきの罪によって身を汚さない。わたしは、彼らがかつて罪を犯したその滞在地から彼らを救い、彼らをきよめる。彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。(エゼキエル書37章12-23)            

イスラエルの地域、パレスチナがイギリスの委任統治領となった後、イギリスは1917年、ユダヤ人の国家再建を約束する「バルフォア宣言」を行います。 しかしイギリスは、バルフォア宣言以前にも、アラブ側に同じような取り決め(サイクス・ピコ書簡)を行っていました。このイギリスの二枚舌政策が、今日に及ぶパレスチナ紛争の火種の一つとなっていきます。

20世紀になってロシア、ポーランド、ヨーロッパ、特にナチスドイツによるユダヤ人迫害は、ユダヤ人のイスラエルへの移住が加速され、このような中、第二次世界大戦において、ドイツで政権を掌握したナチスがユダヤ人を滅亡させるため組織的、計画的にユダヤ人を虐殺しました。

第二次世界大戦後このようなユダヤ人への同情が世界から集まり、国連決議によってイスラエルは国家としての独立が認められ1948年5月14日、再建イスラエル国家の初代首相ベングリオンは、世界に向けて独立国家宣言をしました。

こうして20世紀にも亘って世界各地に離散し、差別と侮蔑の的となり多くの場合隔離されていたユダヤ人は、民族としての独自性を保ち、神が約束されたイスラエルの地に戻り、土地と国家の回復を遂げました。

エゼキエルをとおして神が言われたこの預言が現実の歴史的事実となったこと自体、奇跡のなかの奇跡が起こっていると言っても過言ではありません。

わたしたちは、ヒッタイト、アモリ人といった民族についてほとんど知ることがありません。彼らは歴史的に古代に存在し、国家として繁栄をしましたが、一度、国土を失ってからは民族の独自性を失い他の民族と融合し、歴史から消えてゆきました。
ユダヤ人が国土を失い、世界に散在し、二千年近くの時を経て、その独自性、言語を失わず、失なわれた国土に戻り、土地を回復し、国家を回復するということを見ても、神のご計画の確かさ、神のことばが疑う余地なく成就することを知ることができます。

ユダヤ人は、民族としての独自性を保ち、神が約束されたイスラエルの地に戻り、土地と国家の回復を遂げ、1948年に国家としての独立を果たしました。しかし、周辺のアラブ諸国はこれを認めず、イスラエルは独立宣言の翌日からアラブ諸国からの武力攻撃を受けました。 周囲をアラブに囲まれ、イスラエルの小さな軍隊ではまったく勝ち目がないと思われていたにも拘わらず、この戦争にイスラエルは勝利します。独立宣言直後に始まったこの戦争は、国連の停戦勧告を受けて終了しますが、結果はイスラエルが国連分割案より多くの領土を獲得し、エルサレムは旧市街地を含む東地区がヨルダン領に、西地区がイスラエル領になりました。            

1967年 エジプト軍がシナイ半島に大軍を展開し、国連軍の撤退を求め、イスラエルに対してチラン海峡の封鎖を行ったのを受け、イスラエル軍はエジプト、シリア、ヨルダンなどのアラブ諸国の空軍を電撃攻撃しました。イスラエル軍は、わずか6日間のうちにシナイ半島、ガザ地区、ヨルダン川西岸、ゴラン高原など広範囲を占領しました。 またイスラエルはエルサレムの旧市街全域を制圧し、東エルサレムと西エルサレムとの再統一の宣言をしました。
さらに、1973年にはエジプトとシリア軍がイスラエル占領地に攻撃をしかけたのをきっかけに、戦争が始まりました。これ以後、イスラエル軍とアラブ軍との間で何度も戦争が行なわれています。

イスラエルは国家として独立した後も、周辺のアラブ諸国、1964年のパレスチナ解放戦線の結成など現在までも多くの問題や戦争を経ながら、数々の奇跡によって国家として存続し、継続しています。

このような、数々の奇跡にも拘わらず、イスラエルは未だに国家としては、非常に世俗的であり、伝統的な聖書の神、イスラエルの神を信じる人々は、人口の僅かに5分の1に満たないとされています。
神の霊は、イスラエルの家に未だに注がれていません。偏在される神の霊は、恵みの時代、救いの時代には福音を信じる人々の内に住まわれ、それらの人々の群れに注がれているからです。


38章からは、イスラエルの土地が回復し、国家が回復をした後に起こることが預言されています。

さらに、私に次のような主のことばがあった。
「人の子よ。メシェクとトバルの大首長であるマゴグの地のゴグに顔を向け、彼に預言して、
言え。神である主はこう仰せられる。メシェクとトバルの大首長であるゴグよ。今、わたしは、あなたに立ち向かう。
わたしはあなたを引き回し、あなたのあごに鉤をかけ、あなたと、あなたの全軍勢を出陣させる。それはみな武装した馬や騎兵、大盾と盾を持ち、みな剣を取る大集団だ。
ペルシヤとクシュとプテも彼らとともにおり、みな盾とかぶとを着けている。
ゴメルと、そのすべての軍隊、北の果てのベテ・トガルマと、そのすべての軍隊、それに多くの国々の民があなたとともにいる。
備えをせよ。あなたも、あなたのところに集められた全集団も備えをせよ。あなたは彼らを監督せよ。
多くの日が過ぎて、あなたは命令を受け、終わりの年に、一つの国に侵入する。その国は剣の災害から立ち直り、その民は多くの国々の民の中から集められ、久しく廃墟であったイスラエルの山々に住んでいる。その民は国々の民の中から連れ出され、彼らはみな安心して住んでいる。
あなたは、あらしのように攻め上り、あなたと、あなたの全部隊、それに、あなたにつく多くの国々の民は、地をおおう雲のようになる。
神である主はこう仰せられる。その日には、あなたの心にさまざまな思いが浮かぶ。あなたは悪巧みを設け、こう言おう。『私は城壁のない町々の国に攻め上り、安心して住んでいる平和な国に侵入しよう。彼らはみな、城壁もかんぬきも門もない所に住んでいる。』(エゼキエル書38章1-11)
この38書の預言にはイスラエルが国家として独立再建されイスラエルの山々に、安心して住むようになった後に、メシュクとトバルの大君、マゴグの地のゴグがペルシヤとクシュとプテとともに、ゴメルと、そのすべての軍隊、北の果てのベテ・トガルマとそのすべての軍隊、それに多くの国々の民によって久しく廃墟であったイスラエルの山々に住んでいる民を攻めることが述べられています。 

この聞きなれないマゴグ、メシャクとトバルの大君、とは一体現代のわたしたちとどのような関係のある民族、国家、人々なのでしょうか。

歴史家のヘロドトスは、コーカサスの山々、黒海、カスピ海の北方地域を含む広大な領域をマゴグの地と呼んでいます。メシュクは現在のモスコー、トバルは歴史家のヨセフスによってモスコー地域の人々の子孫であるとされ、古代アッシリアの記録もこれを裏付けています。
マゴグ、メシュクとトバルの大君は、これらの研究から現代のロシアに居住する人々、国家に該当するということができます。
さらに、ペルシャは現代のイラン、エチオピア、リビア、プトは現代におけるエチオピア、ソマリアの地域、及び北アフリカのリビア、アルジェリアを含む地域、ゴメル、トガルマは、東ドイツ、ポーランドの地域、アルメニアの地域、或は、古代イスラエルの史家ヨセフスの記述にゴメル、トガルマが当時のカッパドキアの人々、すなわち現代のアーリア人を指すとされていることから、トルコ、又はトルコ系の民族の国家と考えられます。

これらの国々は、12、3節に述べられているように、イスラエルの資源、地理的な重要性、特に北方のロシアにとって不凍港を獲得することは、歴史をとおして絶え間のない国家としての願望であり、イスラエルの地がこれらの要求を満たすものであることから、突如として侵略戦争が起こされるものと思われます。

あなたは物を分捕り、獲物をかすめ奪い、今は人の住むようになった廃墟や、国々から集められ、その国の中心に住み、家畜と財産を持っている民に向かって、あなたの腕力をふるおうとする。(12-13節)  

シェバやデダンやタルシシュの商人たち、およびそのすべての若い獅子たちは、あなたに聞こう。『あなたは物を分捕るために来たのか。獲物をかすめ奪うために集団を集め、銀や金を運び去り、家畜や財産を取り、大いに略奪をしようとするのか。』と。
それゆえ、人の子よ、預言してゴグに言え。神である主はこう仰せられる。わたしの民イスラエルが安心して住んでいるとき、実に、その日、あなたは奮い立つのだ。
あなたは、北の果てのあなたの国から、多くの国々の民を率いて来る。彼らはみな馬に乗る者で、大集団、大軍勢だ。
あなたは、わたしの民イスラエルを攻めに上り、終わりの日に、あなたは地をおおう雲のようになる。ゴグよ。わたしはあなたに、わたしの地を攻めさせる。それは、わたしがあなたを使って諸国の民の目の前にわたしの聖なることを示し、彼らがわたしを知るためだ。

神である主はこう仰せられる。あなたは、わたしが昔、わたしのしもべ、イスラエルの預言者たちを通して語った当の者ではないか。この預言者たちは、わたしがあなたに彼らを攻めさせると、長年にわたり預言していたのだ。(エゼキエル書38章14-17)

そして、この終わりの日に行われるイスラエルへの侵略戦争は、北方から侵攻するロシア、イラン、トルコ、エチオピア、リビア、などの大軍によって、多分核兵器によるイスラエル軍との交戦状態になるのだと思われます。この戦争で、ロシア、イランをふくむ北方からのイスラエル侵略同盟軍は、兵器、兵力、に圧倒的に優る大軍にも拘わらず、神ご自身が介入され緒戦(ちょせん)で致命的な敗北を喫します。

このときには、多分イスラエル、エジプトを縦断する地溝帯を中心とする大地震が起こり、イスラエル侵略同盟軍が混乱を起こし同士討ちをすることによって致命的敗北を喫することが19節から21節に預言されています。

この様子は同時に世界中の国々が目撃し、創造者である神が主であることを多くの人々が知ることになることが23節に預言されています。

この結果、侵略軍の6分の1を残して壊滅状態に陥り、彼らに火が放たれ、イスラエルの家は、その国をきよめるために、七か月かかって彼らを埋める、ことが述べられています。

ゴグがイスラエルの地を攻めるその日、・・神である主の御告げ。・・わたしは怒りを燃え上がらせる。わたしは、ねたみと激しい怒りの火を吹きつけて言う。その日には必ずイスラエルの地に大きな地震が起こる。海の魚も、空の鳥も、野の獣も、地面をはうすべてのものも、地上のすべての人間も、わたしの前で震え上がり、山々はくつがえり、がけは落ち、すべての城壁は地に倒れる。 わたしは剣を呼び寄せて、わたしのすべての山々でゴグを攻めさせる。・・神である主の御告げ。・・彼らは剣で同士打ちをするようになる。
わたしは疫病と流血で彼に罰を下し、彼と、彼の部隊と、彼の率いる多くの国々の民の上に、豪雨や雹や火や硫黄を降り注がせる。わたしがわたしの大いなることを示し、わたしの聖なることを示して、多くの国々の見ている前で、わたしを知らせるとき、彼らは、わたしが主であることを知ろう。」(エゼキエル書38章18-23)


バビロニアの捕囚の70年後紀元前516年にメド・ペルシャの王クロスによってバビロニア帝国が滅ぼされ、イスラエルの民はクロス王によって、エルサレムへの帰還を許されます。その後アルタシャスタ王の第七年、BC458年、さらに、アルタシャスタ王第二十年のニサンの月、BC445年、合計三度に渡り、エルサレムへの帰還を許されました。
イスラエルへの帰還を果たしたイスラエルの民に、ペルシャの王によって町と城壁を建て直せという勅令が出され、ネヘミア、ゼルバベルによって再建され、ヘロデ王が拡張した神殿に、ダニエル書に述べられている預言のとおり、一日の狂いなくエルサレムの神殿にイエスがメシアであることを民衆に公にされ入城されたのは歴史的事実でした。
しかし、その直後にメシアは預言のとおり十字架の上で「断たれ」、エルサレムの神殿は紀元70年ローマ軍団によって崩壊され、ダニエルが預言した神殿とエルサレムの都に関しての預言は70週のうちの69週までの預言を成就した後、残りの一週、7年の周期を残してイスラエルの民とエルサレムの都に関しての預言について対象となっているエルサレムの都が廃墟となり神殿が焼失してしまい、言及されるべき対象が歴史から無くなってしまいました。
エルサレムの都と神殿が、御使いによってダニエルに告げられたとうり滅び、イスラエルの民、ユダヤ人たちが洪水のあふれるように世界中に離散し、荒廃した状態が続き、この町と城壁をめぐって現代にいたるまで紛争は続き、戦争の絶えないことについては、世界の情勢に目を開いて見る人々には常識となっています。(前出、ダニエル書9章24-27、神殿とエルサレムの都の預言参照)

エゼキエルをとおして預言されたイスラエルの国土の回復、国家の再建が歴史的現実となった現代の世界において、38章、39章に述べられている預言、イスラエルに対するロシア、イラン等の国々による突如の侵略戦争が起こり、神の霊がイスラエルの家に注がれる時が近づいていることは間違いありません。

39章からは、終わりの日に、イスラエルの国土を回復し、国家を再建され、イスラエルの国の民をロシア、イランなどの侵略軍が壊滅状態となった後に、エルサレムの都は再び回復し、神殿が再建されイスラエルの家に再び神の霊を注がれると約束されています。
             
ダニエル書9章に述べられている聖なる都について、そむきをやめさせ、罪を終わらせ、咎が贖われ、永遠の義がもたらされる70週の最後の一週、7年間は、このエゼキエル書39章の預言が成就すると同時に再び動き出します。

「わたしは二度とわたしの顔を彼らから隠さず、わたしの霊をイスラエルの家の上に注ぐ。・・神である主の御告げ。・・」(エゼキエル書39章29)
ヨエルも終わりの日に神の霊が再び注がれる日のことを次ぎのように預言しています。     
その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。
その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。
わたしは天と地に、不思議なしるしを現わす。血と火と煙の柱である。
主の大いなる恐るべき日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。
しかし、主の名を呼ぶ者はみな救われる。主が仰せられたように、シオンの山、エルサレムに、のがれる者があるからだ。その生き残った者のうちに、主が呼ばれる者がいる。 (ヨエル書2章28-32)

それでは、イエスキリストの十字架の贖いを信じ、イエスを主として人生を歩む人々にとって、神の霊が再びイスラエルの家に注がれることは、どのようなことを意味するのでしようか。
神の霊は現在、イエスキリストの十字架の贖いと復活の希望にあって人生を歩む人々の群れに注がれています。しかし、神の霊がイスラエルの家に再び注がれるということは、イエスキリストにある恵みの時代、救いの時代が終わることを意味しています。そして、神の霊が再びイスラエルの家に注がれる前に、イエスキリストの十字架の贖いと復活の希望にあって人生を歩む人々の群れは引き上げられ空中で主にお会いするのです。

「主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うことになるのです。」(第一テサロニケの手紙4章16-17) 
イスラエルに向けられている聖書の預言は必ず成就します。そして、御子イエスをとおして贖われた人々が主にお会いする時は確実に迫っています。        

世界の情勢、この世の状態、多くの人々の心の状態を見るとき、わたしたちひとりびとりが、神の恵みであるイエス・キリストの十字架の贖いを受けとり、永遠の栄光に満ちたいのちの希望に生き、人生の様々の試練のなかでも人知を超えた平安と喜びに生き栄光の主にお会いすることを今期待して日々を生きることが求められているのです。


エルサレムの神殿崩壊(紀元70年)後の離散から19世紀末から20世紀初頭にかけてまでのイスラエルの歴史

ローマは反乱の制圧後も、ユダヤ人たちがイスラエルの地に住むことを認めていましたが、 2世紀にユダヤ人たちは再びバル・コクバの乱を起こし、再び失敗します。 そこで、ついにローマはイスラエルの地からユダヤ人を追放。 エルサレムを「アエリア・カピトリーナ」と改称し、ユダヤと呼ばれていたイスラエルの土地を「パレスチナ」と改称しました。
この後エレツ・イスラエル(イスラエルの地)の外国支配は次のように続きました。
1.ビザンチンの支配(313-636)
2.アラブの支配(636-1099)
3.十字軍の支配(1099-1291)
4.マムルーク朝の支配(1291-1516)
5.オスマントルコの支配(1516-1917)
そして離散を余儀なくされたユダヤ人は、ヨーロッパや中東、北アフリカなど地中海周辺各地に移住して行きました。

離散の地で、ユダヤ人の生活・信仰の規範となる法典「ミシュナ」(紀元2世紀ごろ)、さらにその注解である「エルサレムタルムード」(紀元4世紀末)と 「バビロニアタルムード」(紀元5世紀末)が編纂されました。 ユダヤ教はかつての神殿祭祀ではなく、ラビの指導による聖書やミシュナ及びタルムードの研究解釈と言うシステムを確立して行きました。 また各地に祈りの場としてのシナゴグを建設し、ユダヤ教の信仰と民族のアイデンティティを守り続けました。313年にローマ帝国のコンスタンティヌス帝によってキリスト教が公認され、以後パレスチナは4世紀からキリスト教国家ビサンチン帝国の統治下に入ります。 キリスト教が公認されると、ユダヤ人たちは「キリストを殺した犯人」と言う名目のもと、殺害、暴行、略奪、職業の制限などの迫害を受けはじめました。

7世紀半ばから13世紀まで、西アジアから北アフリカ、南ヨーロッパ一帯を、イスラム教帝国が支配しました。 またムハンマドがエルサレムで昇天したとされたことから、エルサレムはイスラム教の第3の聖地となり、エルサレムの神殿跡にはイスラム教の寺院が建てられました。 これが現在の「黄金のドーム」です。
11世紀になると、キリスト教徒たちは「異教徒からの聖地奪還」を目指した十字軍を始めました。 異教徒とは、直接的には当時パレスチナを支配していたイスラム教徒を指していましたが、それにはユダヤ人も含まれていました。 ですからキリスト教徒たちは、聖地に行く途中で、多くのユダヤ人を殺害しました。13世紀になると、ユダヤ人たちはさらに自由を制限され、スペインなどでは、改宗するか他国に移住するかの選択を強要されました。 やむなくキリスト教徒となったユダヤ人もいましたが、彼らはマラノ(スペイン語で豚の意)と呼ばれ、改宗後も侮蔑と差別の対象となり続けていました。 また、カトリックは異端審問制度を確立させ、ユダヤ人が少しでもユダヤ的な風習を守ったり、ユダヤ教で禁止されている豚を食べなかったりするだけで、拷問や火刑など残虐な刑罰が科せられました。 この制度は1801年まで続いたのです。ヨーロッパ、東欧を中心として世界に散在するユダヤ人への差別は、4世紀から19世紀の長い期間、解消されず、18世紀になっても反ユダヤ主義と民族主義のもと、かえってひどいユダヤ人迫害が各地で起こりました。

ロシアでは、1881年からポグロムと呼ばれるユダヤ人大虐殺が何度も起り、犠牲者は数十万人に及んでいます。 また1894年、フランスのユダヤ人士官アルフレッド・ドレフュスが、スパイ容疑で逮捕される「ドレフュス事件」が起こります。 これは彼がユダヤ人であったため、犯人にでっちあげられた冤罪事件でした。このような背景を受けて、ユダヤ人の中から、ユダヤ人の国家建設を目指す運動が起こってきます。 この運動は「シオンの丘に帰ろう」と言う言葉をスローガンにしたことから、シオニズム運動と呼ばれています。

1897年には、テオドール・ヘルツェルの呼びかけで、第1回世界シオニスト会議が開かれ、パレスチナにユダヤ人国家を建設することが決議されました。その後19世紀末から20世紀初頭にかけて、ポグロムを逃れたユダヤ人やヨーロッパからの移民が、パレスチナの地に住み始めました。 



 
エゼキエル書のメッセージ


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