このような時のために

(エステル記4章13、14)


神は、わたしたちの思いもつかない素晴らしい方法で不思議な業を行われます。
わたしたちの人生のなかで起こることが、一見矛盾しているような混沌とした状況や、理不尽に思える出来事が起こっても、そのすべての事柄の背後に神の御手があり、神のご計画と目的が外れることがないことを、エステル記の記述全体をとおして見ることができます。

神は、わたしたち一人一人の人生にも目的と計画を持たれ、神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さいます。

神は、一人の人を選ばれ、その信仰を見られ、その人、アブラハムの子孫から選びの民を起され、この選びの民、イスラエル、ユダヤ人のなかから人類に救いをもたらし、この神と等しいお方、イエス・キリストをとおしてこの世を回復し、贖われるというご計画を持たれました。
この神のご計画に反抗するサタンは、神のご計画を阻止し、すべてを悲惨と滅びに至らせようとしています。


わたしたちが世の中の状況を見るとき、神のご計画とサタンの計画が互いにせめぎ合っているように見えるときも、常に主権者であられる神は、ご自身の計画と目的を達成されるための用意を背後でされており、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるよう働いておられます。
わたしたちの人生においても、試練や、手のほどこしようのないように見える状況のなかでも、それらの試練や状況をとおして、イエス・キリストの救いにあずかる人々の信仰を練られ、深め、神のご計画が確かであることを知らされます。


このエステル記は、イスラエルの民が捕囚となった後、ペルシア帝国の世になったアハシュロスの即位3年、紀元前483年頃歴史上実際に起こった出来事について詳しく記述されています。

この4章14節の箇所は、ユダヤ人モルデカイが養育し、ペルシア帝国の王妃となったエステルに対し、ユダヤ人絶滅を画策したアガグ人ハマンの陰謀を阻止する器としてその役割をまっとうする、このような時のためにエステルが王妃として選ばれていることを述べている箇所です。


インドからエチオピヤまで百二十七州を治めたペルシア帝国アハシュロス王の即位3年目、王は、ペルシャとメデアの将軍および貴族ならびに諸州の大臣たちを招き、輝かしい王国の富と、そのきらびやかな栄誉を示し、宴を設けました。
宴の終わりの日、酒で心が陽気になった王は、アハシュエロス王に仕える宦官に王宮で婦人たちのために宴会を催していた王妃ワシュティに王冠をかぶらせ、彼女を王の前に連れて来るように命じました。それは、王妃ワシュティの美しさを民と首長たちに見せるためでした。
しかし、王妃ワシュティが宦官から伝えられた王の命令を拒んで来ようとしなかったので、王は激怒し、法令に詳しい知恵のある者たちに相談した上で、王の側近の意見、「王妃の振る舞いは、王に対するだけでなくペルシア全土の女たちが、自分の夫を軽く見るようになる。したがって、王妃ワシュティを罷免し、そのような勅令を出すように」という意見を取り入れ、ワシュティは王妃の位を剥奪されてしまいました。


この出来事の後、王は憤りがおさまると、ワシュティのこと、彼女のしたこと、また、彼女に対して決められたことを思い出し、王に仕える若い者の勧めによって、王の心にかなうおとめをワシュティの代わりに選んで王妃とすることにし、王国のすべての州に役人を任命し、容姿の美しい未婚の娘たちをみなシュシャンの城に集め、王妃選びが行われることとなりました。

シュシャンの城にユダの王エコヌヤといっしょに捕え移された捕囚の民とともに、エルサレムから移されたユダヤ人の子孫の一人でモルデカイという名の人がいました。
モルデカイはおじの娘ハダサ、すなわち、エステルを彼女の父と母が死んだ後彼女を引き取って自分の娘とし養育していました。

エステルは、姿も顔だちも美しいおとめでした。
王の法令が伝えられ多くのおとめたちがシュシャンの城に集められ、ヘガイの管理のもとに置かれたとき、エステルも王宮に連れて行かれ、女たちの監督官ヘガイの管理のもとに置かれました。

モルデカイはエステルに、自分の民族も、自分の生まれをも明かしてはならないと彼女に命じ、エステルはその言いつけを守りました。

モルデカイは毎日婦人部屋の庭の前を歩き回り、エステルの安否と、彼女がどうされるかを知ろうとしました。

エステルは、ヘガイの心にかない、特別な好意を彼から与えてられました。また、王宮から選ばれた七人の侍女が彼女にあてがわれ、婦人部屋の最も良い所に移されました。
規則に従って、十二か月の期間が終わって後、ひとりずつアハシュロス王のところにはいって行く順番が来たとき、彼女は女たちの監督官である王の宦官ヘガイの勧めたもののほかは、何一つ求めず、こうしてエステルは、彼女を見るすべての者から好意を受け彼女はどの娘たちよりも王の好意と恵みを受けました。
こうして、王はついに王冠を彼女の頭に置き、ワシュティの代わりに彼女を王妃としました。


エステルは、王妃となってからも、まだ自分の生まれ、自分の民族をも明かしませんでした。

モルデカイが王の門のところにすわっていると、入口を守っていた王のふたりの宦官が王を暗殺する計画を持っていることを知り、彼はこれを王妃エステルに知らせ、エステルはこれをモルデカイの名で王に告げました。このことが追及されて、その事実が明らかになったので、彼らふたりは木にかけられこのことは王の前で年代記の書に記録されるという事件がありました。


この出来事の後、アハシュエロス王は、アガグ人ハメダタの子ハマンを重んじ、彼を昇進させて
その席を、彼とともにいるすべての首長たちの上に置きました。 それで、王の門のところにいる王の家来たちはみな、王が彼について命じたように、ハマンに対してひざをかがめてひれ伏しました。しかし、モルデカイはひざもかがめず、ひれ伏そうともしませんでした。
ハマンはモルデカイが自分に対してひざもかがめず、ひれ伏そうともしないのを見て、憤りに満たされ、モルデカイひとりに手を下すことだけで満足せず、王の門のところにいる王の家来たちにモルデカイがユダヤ人であることを打ち明けていたことを聞いて、ペルシア帝国内のすべてのユダヤ人を絶滅する陰謀を企み、アハシュロスの王国中のすべてのユダヤ人、すなわちモルデカイの民族を、根絶やしにしようとしました。


「あなたの王国のすべての州にいる諸民族の間に、散らされて離れ離れになっている一つの民族がいます。彼らの法令は、どの民族のものとも違っていて、彼らは王の法令を守っていません。それで、彼らをそのままにさせておくことは、王のためになりません。
王さま、彼らを滅ぼすようにと書いてください。私はその仕事をする者たちに銀一万タラントを量って渡します。そうして、それを王の金庫に納めさせましょう。」という宰相ハマンの進言によって、アハシュエロス王の第十二年のニサンの月の十三日に、アダルの月の十三日の一日のうちに、若い者も年寄りも、子どもも女も、すべてのユダヤ人を根絶やしにし、殺害し、滅ぼし、彼らの家財をかすめ奪うことを命ずる王の指輪で印が押された文書が 各州に法令として発布され、この日の準備のために、すべての民族に公示されました。 
この法令はシュシャンの城でも発布され、このとき、王とハマンは酒をくみかわしていましたが、シュシャンの町は混乱に陥りました。 

このことを知ったモルデカイは、着物を引き裂き、荒布をまとい、灰をかぶり、大声でわめき叫びながら町の真中から 王の門の前まで出てゆきました。
王の命令とその法令が届いたどの州においても、ユダヤ人のうちに大きな悲しみと、断食と、泣き声と、嘆きとが起こり、多くの者は荒布を着て灰の上にすわりました。


このことを侍女たちと、その宦官たちから聞いた王妃エステルは、ひどく悲しみ、モルデカイに着物を送って、それを着させ、荒布を脱がせようとしましたが、彼はそれを受け取りませんでした。そこで、エステルは、王の宦官のひとりで、王が彼女に仕えさせるために任命していたハタクを呼び寄せ、モルデカイのところへ行って、その訳を尋ねさせました。
モルデカイは自分の身に起こったことを全部王妃エステルの使いとして来たハタクに告げ、ユダヤ人を滅ぼすためにシュシャンで発布された法令の文書の写しを渡し、それをエステルに見せて、事情を知らせてくれと言い、また、彼女が王のところに行って、自分の民族のために王にあわれみを求めるように彼女に言い伝えてくれと頼みました。
この伝言を宦官ハタクをとおして聞いた王妃エステルは、ハタクに命じて、モルデカイに、「王の家臣も、王の諸州の民族もみな、男でも女でも、だれでも、召されないで内庭にはいり、王のところに行く者は死刑に処せられるという一つの法令があることを知っております。しかし、王がその者に金の笏を差し伸ばせば、その者は生きます。でも、私はこの三十日間、まだ、王のところへ行くようにと召されていません。」という返事を送りました。

このエステルの返答を聞いて、モルデカイは再び「あなたはすべてのユダヤ人から離れて王宮にいるから助かるだろうと考えてはならない。もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」という返事を送りました。それが、この4章14節のこの箇所にあたります。

モルデカイからの返事を受け取った王妃エステルは、モルデカイに返事を送って「行って、シュシャンにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食をしてください。三日三晩、食べたり飲んだりしないように。私も、私の侍女たちも、同じように断食をしましょう。たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死ななければならないのでしたら、死にます。」と言いました。そこで、モルデカイは出て行って、エステルが彼に命じたとおりにしました。


三日目にエステルは王妃の衣装を着て、王室の正面にある王宮の内庭に立ち、王室の入口の正面にある王宮の玉座にすわっている 王のところに行きました。
王は庭に立っている王妃エステルを見、手に持っていた金の笏をエステルに差し伸ばしたので、エステルは近寄って、その笏の先にさわりました。彼女は王の好意を受けたので、召されないで内庭に入り法令に触れることなく王のもとへ行きました。

「どうしたのだ。王妃エステル。何がほしいのか。王国の半分でも、あなたにやれるのだが。」と言う王のことばに、エステルは「きょう、私が王さまのために設ける宴会にハマンとごいっしょにお越しください。」と答え、これに王は、「ハマンを速く連れてきて、エステルの言うようにせよ。」と言って、王とハマンはエステルが設けた宴会に出ました。
その酒宴の席上、「あなたは何を願っているのか。それを授けてやろう。何を望んでいるのか。王国の半分でも、それをかなえてやろう。」 と王はエステルに尋ね、エステルは「私の願いは、ハマンとご一緒に、もう一度あすまた、わたしが設けようとする酒宴に、お臨みください。そうすれば、あす、私は王さまのおっしゃったとおりにいたします。」と答えました。 


ハマンはその日、喜び、上きげんで出て行きましたが、王の門のところにいるモルデカイが立ち上がろうともせず、自分を少しも恐れていないのを見て、モルデカイに対する憤りに満たされました。しかし、ハマンは耐え忍んで家に帰り、人をやって、友人たちと妻ゼレシュを連れて来させ自分の輝かしい富について、また、子どもが大ぜいいることや、王が自分を重んじ、王の首長や家臣たちの上に自分を昇進させてくれたことなどを全部彼らに話し「しかも、王妃エステルは、王妃が設けた宴会に、私のほかはだれも王といっしょに来させなかった。あすもまた、私は王といっしょに王妃に招かれている。しかし、ユダヤ人モルデカイが王の門に座しているのを見る間は、これらの事もわたしには楽しくない」すると、彼の妻ゼレシュとすべての友人たちは、彼に「高さ五十キュビトの柱を立てさせ、あしたの朝、王に話して、モルデカイをそれにかけ、それから、王といっしょに喜んでその宴会においでなさい。」と言いました。この進言は ハマンの気に入ったので、彼はその柱を立てさせました。

その夜、王は眠れなかったので、記録の書、年代記を持って来るように命じ、王の前でそれを読ませました。その中に、入口を守っていた王のふたりの宦官ビグタナとテレシュが、アハシュエロス王を殺そうとしていることをモルデカイが報告した、と書かれてあるのが見つかったので王は「このために、栄誉とか昇進とか、何かモルデカイにしたか。」と尋ね、王に仕える若い者たちが「彼には何もしていません。」と答えているところに、ちょうど、モルデカイのために準備した柱に彼をかけることを王に上奏しようと、王宮の外庭にハマンがはいって来、「庭にいるのはだれか。」と言う王に、王に仕える若い者たちが「今、庭に立っているのはハマンです。」と答え、王は「ここに通せ。」と言ってハマンに「王が栄誉を与えたいと思う者には、どうしたらよかろう。」と言いました。 

ハマンは心のうちで。「王が栄誉を与えたいと思われる者は、私以外にだれがあろう。」と思い、「王が栄誉を与えたいと思われる人のためには、王が着ておられた王服を持って来させ、また、王の乗られた馬を、その頭に王冠をつけて引いて来させてください。
その王服と馬を、貴族である王の首長のひとりの手に渡し、王が栄誉を与えたいと思われる人に王服を着させ、その人を馬に乗せて、町の広場に導かせ、その前で『王が栄誉を与えたいと思われる人はこのとおりである。』と、ふれさせてください。」と進言しました。
すると、王はハマンに「あなたが言ったとおりに、すぐ王服と馬を取って来て、王の門のところにすわっているユダヤ人モルデカイにそうしなさい。あなたの言ったことを一つもたがえてはならない。」と、言いました。

それで、ハマンは王服と馬を取って来て、モルデカイに着せ、彼を馬に乗せて町の広場に導き、その前で「王が栄誉を与えたいと思われる人はこのとおりである。」と叫びました。
 
それからモルデカイは王の門に戻りました。
ハマンは嘆いて、頭をおおい、急いで家に帰り、自分の身に起こった一部始終を妻ゼレシュとすべての友人たちに話しました。すると、彼の知恵のある者たちと、妻ゼレシュは「あなたはモルデカイに負けかけておいでですが、このモルデカイが、ユダヤ民族のひとりであるなら、あなたはもう彼に勝つことはできません。きっと、あなたは彼に負けるでしょう。」と言いました。 彼らがまだハマンと話しているうちに、王の宦官たちがやって来て、ハマンを急がせ、エステルの設けた宴会に連れて行きました。


王とハマンはやって来て、王妃エステルと酒をくみかわし、この酒宴の二日目にもまた、王はエステルに「あなたは何を願っているのか。王妃エステル。それを授けてやろう。何を望んでいるのか。王国の半分でも、それをかなえてやろう。」と尋ねました。
これに王妃エステルは答えて「もしも王さまのお許しが得られ、王さまがよろしければ、私の願いを聞き入れて、私にいのちを与え、私の望みを聞き入れて、私の民族にもいのちを与えてください。 私も私の民族も、売られて、根絶やしにされ、殺害され、滅ぼされることになっています。私たちが男女の奴隷として売られるだけなら、私は黙っていたでしょうに。事実、その迫害者は王の損失を償うことができないのです。」と言いました。
アハシュロス王は王妃エステルに「そんなことをあえてしようとたくらんでいる者は、いったいだれか。どこにいるのか。」と尋ね、エステルは「その迫害する者、その敵は、この悪いハマンです。」と答え、ハマンは王と王妃の前で震え上がりました。
王は憤って酒宴の席を立って、宮殿の園に出て行きましたが、王が彼にわざわいを下す決心をしたのがわかったハマンは王妃エステルにいのち請いをしようとして、居残りました。
王が宮殿の園から酒宴の広間に戻って来ると、エステルのいた長いすの上にハマンがひれ伏していたので、王は言った。「私の前で、この家の中で、王妃に乱暴しようとするのか。」このことばが王の口から出るやいなや、ハマンの顔はおおわれた。
そのとき、王の前にいた宦官のひとりハルボナが言った。「ちょうど、王に良い知らせを告げたモルデカイのために、ハマンが用意した高さ五十キュビトの柱がハマンの家に立っています。」すると王は命じた。「彼をそれにかけよ。」
こうしてハマンは、モルデカイのために準備しておいた柱にかけられ、王の憤りはおさまりました。


アハシュロス王は王妃エステルに、ユダヤ人を迫害する者ハマンの家を与え、エステルが自分とモルデカイとの関係を明かしたので彼は王の前に来、王はハマンから取り返した自分の指輪をはずして、それをモルデカイに与え、エステルはモルデカイにハマンの家の管理を任せました。

エステルは、アガグ人ハマンがユダヤ人に対してたくらんだわざわいとそのたくらみを取り除いてくれるように、王に泣きながら再び嘆願し、「アガグ人ハメダタの子ハマンが、王のすべての州にいるユダヤ人を滅ぼしてしまえと書いたあのたくらみの書簡を取り消すように、詔書を出してください。どうして私は、私の民族に降りかかるわざわいを見てがまんしておられましょう。また、私の同族の滅びるのを見てがまんしておられましょうか。」と、訴えました。
この訴えに、王は、王妃エステルとユダヤ人モルデカイに「ハマンがユダヤ人を殺そうとしたので、今、私はハマンの家をエステルに与え、彼は柱にかけられたではないか。
あなたがたはユダヤ人についてあなたがたのよいと思うように、王の名で書き、王の指輪でそれに印を押しなさい。王の名で書かれ、王の指輪で印が押された文書は、だれも取り消すことができないのだ。」と言い、王の書記官が召集され、すべてモルデカイが命じたとおりに、ユダヤ人と、太守や、総督たち、およびホドからクシュまで百二十七州の首長たちとに詔書が書き送られた。各州にはその文字で、各民族にはそのことばで、ユダヤ人にはその文字とことばで書き送られました。


モルデカイはアハシュロス王の名で書き、王の指輪でそれに印を押し、その手紙を急使に託して送りました。
第十二の月、すなわちアダルの月の十三日、この日に王の命令とその法令が実施され、この日に、ユダヤ人の敵がユダヤ人を征服しようと望んでいたのに、それが一変して、ユダヤ人が自分たちを憎む者たちを征服することになりました。

ユダヤ人は彼らの敵をみな剣で打ち殺し、虐殺して滅ぼし、自分たちを憎む者を思いのままに処分する結果となりました。 


このエステル記の記述の中には神という言葉は一度も使われていません。しかし、全体の記述をとおして、神がその主権によって選びの民を守られ、どのような状況のなかでも神ご自身のご計画を達成されるために、起こることのすべてを用いられ、背後で働いておられ、ユダヤ人の絶滅を企んだアガグ人ハマンが逆に滅んでいった様子を見ることができます。
神の意図されている計画と目的は、この世の矛盾しているように見える状況をとおしても達成されることが確かです。


このなかで、一時ペルシア帝国の宰相としてユダヤ人を絶滅を企て、ユダヤ人モルデカイを柱にかけてみせしめに殺そうとしたハマンはアガグ人と述べられていますが、このアガグ人はアマレク人の子孫です。
アマレク人については、出エジプト記17章にエジプトを出て約束の地へ向かうイスラエルの民の弱い部分、年寄り、女、子どもを襲いました。さらに、第一サムエル15章でもアマレク人の記述が、初代イスラエルの王サウロに預言者サムエルをとおして主からアマレク人を聖絶するように命じられている箇所が出てきます。

モーセはヨシュアに言った。「私たちのために幾人かを選び、出て行ってアマレクと戦いなさい。あす私は神の杖を手に持って、丘の頂に立ちます。」
ヨシュアはモーセが言ったとおりにして、アマレクと戦った。モーセとアロンとフルは丘の頂に登った。
モーセが手を上げているときは、イスラエルが優勢になり、手を降ろしているときは、アマレクが優勢になった。(出エジプト17章9-11)

「 今、行って、アマレクを打ち、そのすべてのものを聖絶せよ。容赦してはならない。男も女も、子どもも乳飲み子も、牛も羊も、らくだもろばも殺せ。」という命令を受けたにも拘わらず、主の御声に聞き従わず、分捕り物に飛びかかり、主の目の前に悪を行ない、サウロから王位が引き裂かれたときのことが記されています。
アマレクが来て、レフィディムでイスラエルと戦った。」(第一サムエル15章3)

「主はあなたに使命を授けて言われました。『行って、罪人アマレク人を聖絶せよ。彼らを絶滅させるまで戦え。』  
あなたはなぜ、主の御声に聞き従わず、分捕り物に飛びかかり、主の目の前に悪を行なったのですか。」
サウルはサムエルに答えた。「私は主の御声に聞き従いました。主が私に授けられた使命の道を進めました。私はアマレク人の王アガグを連れて来て、アマレクを聖絶しました。
しかし民は、ギルガルであなたの神、主に、いけにえをささげるために、聖絶すべき物の最上の物として、分捕り物の中から、羊と牛を取って来たのです。」
するとサムエルは言った。「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。
まことに、そむくことは占いの罪、従わないことは偶像礼拝の罪だ。あなたが主のことばを退けたので、主もあなたを王位から退けた。」(第一サムエル15章18-23)


このように、アマレク人は聖書のなかで、肉のタイプとなっています。
わたしたちが、イエス・キリストの十字架と復活を信じる信仰にあって歩むときにも、この肉体にあって生きるかぎり霊の思いと肉の思いのせめぎ合いと、一瞬一瞬をそのどちらかを選ぶという選択に迫られます。そして、わたしたちが肉の思いを完全に滅ぼしてしまわないかぎり、肉の思いによって滅んでしまう可能性のあることがわかります。


神は、ご自身のたてられた永遠のご計画と目的を必ず達成されます。
わたしたちは、神の使われる器となる特権を与えられています。
神に使われる器としてあなたが自分のいのちを主に明け渡すとき、神はその結果起こる栄光の素晴らしい報いをあたかもあなた自身の報いのようにしてくださいます。
エステルの生涯は、エステルの決意、決心によって、神の民を将来のために保存し、守るための器として神に使われました。 

エステルのように、わたしたちの人生においても、神がこの世において意図されている使命は、短期間に凝集されることがあります。
神が意図されている使命をまっとうするために、わたしたちは、霊の導きのなかを日々歩むとき過去のすべての出来事がその時のために備えられていることを知ることができます。 
  



 
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