七つのラッパの裁き-自然界に及ぶ裁きと災禍

(黙示録8章の講解)

いよいよ第7の最後の封印が解かれると、7つのラッパの裁きが繰り広げられてゆきます。7つ目のラッパが吹き鳴らされると、さらに7つの鉢の神の怒りが地上に下されます。この7つのラッパと7つの鉢の裁きは7つ目の封印が解かれたときに起こる裁きのなかにふくまれています。
ちょうど、花火の打ち上げの時のように、はじめはポーンという炸裂が間隔をおいていたのが、フィナーレに近づくにつれて、続け様にパ、パ、パ、パーンという炸裂の間隔と、より規模の大きいものになってゆくように、最後の7つめの封印が解かれ、ラッパの裁きがおこなわれてゆくと、地上はより激しい神の怒り、裁きにさらされます。

黙示 8:1 小羊が第七の封印を解いたとき、天に半時間ばかり静けさがあった。
黙示 8:2 それから私は、神の御前に立つ七人の御使いを見た。彼らに七つのラッパが与えられた。
黙示 8:3 また、もうひとりの御使いが出て来て、金の香炉を持って祭壇のところに立った。彼にたくさんの香が与えられた。すべての聖徒の祈りとともに、御座の前にある金の祭壇の上にささげるためであった。

すでに見たように、「主の日」が訪れると、人々は主の威光の輝きを避け、岩の割れ目、土の穴に隠れ、太陽はやみとなり、月は血に変わる恐ろしい日が到来します。8章からは、この「主の日」に人類がかつて経験をしたことのない神の怒りの時が、さらに加速的に激しさが増し、その時に起こることが描写されてゆきます。

子羊が7つ目の封印を解くと、最初に起こることは、天に半時間ばかり静けさが訪れることです。この静けさという言葉は、ギリシャ語の原語では、σιγή シーゲという単語が使われ、新約聖書使徒21:40、にも使われています。このギリシャ語に該当するהסה ハサ というヘブル語の単語は8箇所(民数13:30、士師3:19、ネヘミア8:11、アモス6:10、8:3、ハバクク2:20、ゼファナヤ1:7,ゼカリア2:13)で旧約聖書につかわれています。
「千人隊長がそれを許したので、パウロは階段の上に立ち、民衆に向かって手を振った。そして、すっかり静かになったとき、彼はヘブル語で次のように話した。」(使徒書21章40) 

「そのとき、カレブがモーセの前で、民を静めて言った。『私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。』」(民数記13章30)
「彼自身はギルガルのそばの石切り場から戻って来て言った。『王さま。私はあなたに秘密のお知らせがあります。』すると王は、『Keep silence! 今、言う な。』と言った。
そこで、王のそばに立っていた者たちはみな、彼のところから出て行った。(士師記3章19)
「レビ人たちも、民全部を静めながら言った。『静まりなさい。きょうは神聖な日だから。悲しんではならない。』」(ネヘミア記8章11)
「親戚の者でこれを焼く者が家から死体を持ち出すために、これを取り上げ、その家の奥にいる者に向かって言う。『あなたのところに、まだいるか。』彼は言う。『だれもいない。』また言う。『口をつぐめ。主の名を口にするな。』」(アモス書6章10)
「その日には、神殿の歌声は泣きわめきとなる。・・神である主の御告げ。・・多くのしかばねが、至る所に投げ捨てられる。口をつぐめ。」(アモス書8章3)
「しかし主は、その聖なる宮におられる。全地よ。その御前に静まれ。」(ハバクク書2章20)
「神である主の前に静まれ。主の日は近い。主が一頭のほふる獣を備え、主に招かれた者を聖別されたからだ。」(ゼパニア書1章7)
「すべての肉なる者よ。主の前で静まれ。主が立ち上がって、その聖なる住まいから来られるからだ。」(ゼカリア書2章13) 
הסה haw-saw' (Piel) hush, keep silence, be silent, hold peace, hold tongue, (Hiphil) to command to be silent

これらの箇所で静けさという単語がつかわれているのは、これから重要なこと、メッセージを伝えようとする時に使われていることがわかります。

わたしたちは、神の沈黙に耐えられず、一体このようなことがいつまで続くのだろうかと問いかけます。詩篇を詠んだダビデは暴虐な者が自分を取り囲み嘲笑うとき、「わが主よ。いつまでながめておられるのですか。主よ。あなたはそれをご覧になったのです。黙っていないでください。」と言っています。

天の御座の回りでは、この時まで大群衆の賛美と、封印が解かれ地上では神の怒りの時が訪れているのをみましたが、この半時の静けさは、これからの本格的な神の怒り、サタンと罪が裁かれ、キリストの前にすべてのものが膝をかがめ、すべての舌が「イエス・キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられる期待と畏れにすべての被造物が沈黙をしているのでしょう。この静けさは、まさに嵐の前の静けさということが言えるでしょう。

子羊が7つめの封印を解き、天に半時間ばかりの静けさのあってから、ヨハネは神の前に立つ7人の御使いたちをみています。神の最後の裁きの時に、御使いは重要な役割を担っています。
詩篇104篇には、神が宇宙の全てを創造されたこと、その栄光と尊厳について詠われていますが、あきらかに、天の御使いも神の創造の一部であり、この詩からもそのことが伺えます。
天使は創造されたときから、神を賛美し、仕えるものとして造られました。(イザヤ書14章、エゼキエル書28章参照)
この7人の御使いたちに7つのラッパが与えられました。
ラッパは旧約聖書のなかにも、大勢の人々を集める合図であったり、祀りや、祝いを告げる合図であったり、王の就任や到来を告げる合図であったり、万軍の主なる神の臨在を知らせる合図であったり様々な箇所でつかわれています。 

黙示録のこの箇所ではラッパは裁きを告げるものとして、天使がラッパを吹き鳴らすにつれて地上では神の裁きが展開されてゆきます。

旧約ヨシュア記6章には、七人の祭司たちを先頭に七つの雄羊の角笛を持って、角笛(ラッパ)を吹き、敵の城壁の回りをまわることを6日間続け、7日目には敵の城壁の回りを七度回り、角笛の音を聞いて祭司に従う民が大声でときの声をあげると、城壁がくずれ落ちたことを覚えておられると思います。

いよいよ本格的な裁きのまえに 神の前に立つ7人の天使がラっパを受けとる幻をみた長老ヨハネには、イエスを拒み、神に反逆する者たちが滅びんでゆく様子と、ラッパの鳴り響くなかで堅固なエリコの要塞が崩れ、約束の地が神の選びの民のものとなっててゆく様子とが重複したに違いありません。
さらに、この7人の御使いとは別のもうひとりの御使いが出て来て、すべての聖徒の祈りとともに、金の祭壇の上にたくさんの香をささげるために、御座の前にある金の香炉を持って祭壇のところに立つ幻をヨハネは見ます。

黙示 8:4 香の煙は、聖徒たちの祈りとともに、御使いの手から神の御前に立ち上った。
黙示 8:5 それから、御使いは、その香炉を取り、祭壇の火でそれを満たしてから、地に投げつけた。すると、雷鳴と声といなずまと地震が起こった。
黙示 8:6 すると、七つのラッパを持っていた七人の御使いはラッパを吹く用意をした。

神がモーセに語られ、幕屋が造られたときも、ソロモン王の時代に神殿が造営され、その後エルサレムの神殿が滅ぼされるまで、金の香炉は民の祈りをとりなし、聖所に仕える祭司たちによって毎朝、毎晩使われていました。
祭司たちは、聖所の外の壇の青銅の灯火皿から火をとり、金の香炉の中の香に火を灯し、香の煙の立ち上る金の香炉を振りながら聖所に入り、至聖所の垂れ幕の前の金の香壇に香を立ち昇らせて祈りをささげました。
香の煙は、民の神に対する祈りを象徴し、その祈りが神のまえに香りあるものにとりなされることを象徴するものでした。

イエス・キリストによって祈る祈りは、聖霊のとりなしによって香の煙が御座に立ち昇り、神の御前に必ず聞かれ、最も神の時にかなって祈る者自身の思いを越えたインパクトをもってかなえられます。
火の灯された香炉の中の香が天使によって地上に投げられると、雷鳴と声といなずまと地震が起こるのを見て、神を知らない人々や、私たちの主イエスの福音に従わない人々に神が報復されること、その衝撃をヨハネはこの時確信したに違いありません。

黙示 8:7 第一の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、血の混じった雹と火とが現われ、地上に投げられた。そして地上の三分の一が焼け、木の三分の一も焼け、青草が全部焼けてしまった。
黙示 8:8 第二の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、火の燃えている大きな山のようなものが、海に投げ込まれた。そして海の三分の一が血となった。
黙示 8:9 すると、海の中にいた、いのちのあるものの三分の一が死に、舟の三分の一も打ちこわされた。
黙示 8:10 第三の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が天から落ちて来て、川々の三分の一とその水源に落ちた。
黙示 8:11 この星の名は苦よもぎと呼ばれ、川の水の三分の一は苦よもぎのようになった。水が苦くなったので、その水のために多くの人が死んだ。

最初のラッパの裁きは、地上にある木々と青草に影響を与えます。
血の混じった雹と火とが現われて、地上の三分の一が焼け、木の三分の一も焼け、青草が全部焼けてしまうというのです。地の三分の一が焼け、木の三分の一も焼け、青草が全部焼けてしまったら、人類は想像を絶する食料不足に見舞われるでしょう。

第二のラッパの裁きは、火の燃えている大きな山のようなものが、海に投げ込まれ、海の三分の一が血となり、海の中にいた、いのちのあるものの三分の一が死に、舟の三分の一も打ちこわされるというのです。
この火の燃えている大きな山のようなものは、海に汚染をもたらし海の三分の一が血となり、海の生き物の三分の一が死に、舟の三分の一も打ちこわされるというのです。 
世界の海の面積の三分の一の広さは、大西洋全体の広さの面積に相当するそうですが、そこにあるすべての海の生物が死滅し、船が壊され、全体が血に変わってしまうというのです。

第三のラッパの裁きは、たいまつのように燃えている大きな星が天から落ちて来て、川々の三分の一とその水源に落ちてくるというのです。この星の名は苦よもぎと呼ばれ、川の水の三分の一が苦よもぎのようになって水が苦くなり、その水のために多くの人が死ぬというのです。これは、隕石が地上に降下することを描写しているように思えます。六章でも見たように、地球全体を揺るがす大変動が起こると考えられます。
創世記にはソドムとゴモラの二つの町が天から降ってくる火と硫黄の雨によって滅びたことが記されていますが、そのようなことが起こるのかもしれません。この大患難の時代には、水は貴重なものとなりますが、星が落ちてくると残りの水も汚染されてしまうというのです。

黙示 8:12 第四の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、太陽の三分の一と、月の三分の一と、星の三分の一とが打たれたので、三分の一は暗くなり、昼の三分の一は光を失い、また夜も同様であった。
黙示 8:13 また私は見た。一羽のわしが中天を飛びながら、大声で言うのを聞いた。「わざわいが来る。わざわいが、わざわいが来る。地に住む人々に。あと三人の御使いがラッパを吹き鳴らそうとしている。」

第四のラッパの裁きは、太陽と月と星の三分の一が打たれ、地球が暗くなり光を失うというのです。きっと第三のラッパの裁きまでの結果として地球の環境そのものが変化し、このような状態になることが考えられます。様々な災害、惨禍によって地上と海と川と水が打たれ、太陽、月、星が光を放つことを止め、地球環境が変化してしまうのでしょう。
第四までの御使いがラッパを吹き鳴らした後で、一羽のわしが中空を飛んでいることをヨハネは記しています。
これは、マタイの福音書のなかで、世の終わりに起こることについてイエスが述べられた「死体のあるところには、はげたかが集まるものである」(マタイ福音書24章28)という預言が成就するのだと思います。
第一から第四のラッパの裁きは自然界に及ぶ裁きと災禍でしたが、この後のラッパの裁きは悪魔的な事象に及ぶ裁きと災禍であるということができます。



 
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