キリストの再臨   

(黙示録19章の講解)

19章は、イエス・キリストがこの世に再臨されるときの情景が描かれます。
主イエス・キリストの花嫁として携挙された人々、すなわち教会が花婿であるイエス・キリストと共に結婚披露の宴を繰り広げ、歓喜にみちた情景が描き出される一方で、他方では再臨とともにキリストに反逆する者たちが完全に滅ぼされ、その死体を空の鳥が飽きるまでついばむという悲惨な情景という極端に対照的な場面が描き出されます。

神は、恵みと救いに背を向け聖霊の導きを受け入れないこの世を洗い直し、神の恵み、イエスの贖いを拒否するこの世を揺り動かし、神の契約が変わらないものであることを選びのイスラエルの民に気付かせ、その後に地上に千年の神の国を来たらせ完全なものへと変えられるために、エレミアが預言したように「引き抜き、あるいは引き倒し、あるいは滅ぼし、あるいはこわされる」という患難の時を設けられました。

姦淫のバビロンに、(すなわち、宗教的な欺き、この世の貪欲に満ちた政治、経済、商業主義)たいする裁きが下り、メギドの平野で繰り広げられる世界最後の戦闘の最中に、神はこの戦争を終わらせ、獣と獣の支配下にあるすべてを滅ぼされます。

黙示 19:1 この後、私は、天に大群衆の大きい声のようなものが、こう言うのを聞いた。「ハレルヤ。救い、栄光、力は、われらの神のもの。
黙示 19:2 神のさばきは真実で、正しいからである。神は不品行によって地を汚した大淫婦をさばき、ご自分のしもべたちの血の報復を彼女にされたからである。」

イエス・キリストが再臨され、この世に神の国がいよいよ到来するときに、ヨハネは天の大群衆が最終的な勝利を宣言する賛美の声を挙げるのを聞きました。

わたしたちが真の生ける神の前に立つことができるのは、人となってくださった救いの神イエス・キリストを信じ、生ける神との交わりに生きる以外の道はありません。
神に背く者、神に背く者に従う人々は、常に神の裁き、神の正しさに疑問を投げかけてきました。最初にエデンの園でサタンが神について欺きのことばを投げかけたのも「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか。」 という神の公平さに対する疑問の心を起こさせることばでした。

彼らは、この世に起こる出来事のすべてに、あたかも神が不公平であるかのように、「何故、イエス・キリストの福音を聞いたことも知ることもない人々を地獄に送ろうとするのか。」「何故、善意で一生懸命生きているのに福音を聞いたことのない人々が天国に行かれないのか」「何故、罪のない幼い子が殺されなければならないのか」「何故、理由もなくこの世で善い人が苦しみに会わねばならないのか」といった質問を投げかけ、神の公平さに疑問を起こさせようとします。

イエス・キリストの救い、贖いを受け入れ天上に引き上げられた大群衆は、地上に起こる神の裁き、サタンと獣と偽預言者とに従う人々、宗教的な欺き、この世の貪欲に満ちた政治、経済、商業主義によってこの世を汚すすべてにたいする完全な裁きが行われ、栄光のキリストが再臨され神の国の王、主となられる時が来たことを知って神の公平さ、神の裁きの正しさを褒め称える声を挙げます。

「不品行によって地を汚した大淫婦をさばき、ご自分のしもべたちの血の報復を彼女にされた。」とありますが、神が宗教的欺きを裁かれ、宗教的欺きによってキリストとの関係を持つ人々の血を流したことにたいする報復がされたことが宣言されます。
共産主義を唱えたカール・マルクスは、「宗教は阿片である」と言ってあらゆる宗教を排斥しました。マルクスの言ったように宗教的なもののなかには、人を虜にする呪いのような力があります。
イエス・キリストへの信仰と、人が神に届こうとする宗教的な努力とは全く異なるものなのに多くの人々がこのことを混同します。
クリスチャンの信仰は、創造主である神が御子イエス・キリストによって人々に救いの御手を差し伸べられたという恵みを信じることです。
これにたいして、宗教的な欺きは人の善や行いによって神に届こうとする努力です。
聖書は人の努力や人の義は、神の目からは汚れた布のようなものだと宣言しています。

黙示 19:3 彼らは再び言った。「ハレルヤ。彼女の煙は永遠に立ち上る。」
黙示 19:4 すると、二十四人の長老と四つの生き物はひれ伏し、御座についておられる神を拝んで、「アーメン。ハレルヤ。」と言った。

バビロンの大姦婦に象徴されている宗教的な惑わし、欺きのこの世の政治、経済、商業主義が焼き滅ぼされ、彼女が焼かれる煙が立ち上るとき天の大群衆が正しい神の裁きを賛美し、二十四人の長老と四つの生き物はひれ伏し、御座についておられる神を拝んで、「アーメン。ハレルヤ。」と、賛美の声をあげます。 

黙示 19:5 また、御座から声が出て言った。「すべての、神のしもべたち。小さい者も大きい者も、神を恐れかしこむ者たちよ。われらの神を賛美せよ。」
黙示 19:6 また、私は大群衆の声、大水の音、激しい雷鳴のようなものが、こう言うのを聞いた。「ハレルヤ。万物の支配者である、われらの神である主は王となられた。
黙示 19:7 私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。小羊の婚姻の時が来て、花嫁はその用意ができたのだから。

御座から「すべての、神のしもべたち。小さい者も大きい者も、神を恐れかしこむ者たちよ。われらの神を賛美せよ。」という声が出て天の大群衆が栄光に満ちた喜びの歓声を挙げます。
その声は、大水の音、激しい雷鳴のように轟き、「ハレルヤ。万物の支配者である、われらの神である主は王となられた。 私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。小羊の婚姻の時が来て、花嫁はその用意ができたのだから。」と宣言します。

黙示 19:8 花嫁は、光り輝く、きよい麻布の衣を着ることを許された。その麻布とは、聖徒たちの正しい行ないである。」
黙示 19:9 御使いは私に「小羊の婚宴に招かれた者は幸いだ、と書きなさい。」と言い、また、「これは神の真実のことばです。」と言った。

ヨハネは、この箇所で光り輝く、きよい麻布の衣を着た、花嫁を見ます。花嫁はキリストの義を着、花婿であるキリストに迎えられ、栄光にみちた婚宴の場面を見ます。
この麻布が聖徒たちの正しい行いである。と、述べられています。光り輝く、きよい麻布、聖徒たちの正しい行いとはどのような衣なのでしょうか。それは、律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基づいて、神から与えられる義の衣です。 

黙示 19:10 そこで、私は彼を拝もうとして、その足もとにひれ伏した。すると、彼は私に言った。「いけません。私は、あなたや、イエスのあかしを堅く保っているあなたの兄弟たちと同じしもべです。神を拝みなさい。イエスのあかしは預言の霊です。」

ヨハネはこの圧倒的な幻を見て御使いの足元にひれ伏し、彼を拝もうとしました。これに対して、御使いは、「いけません。私は、あなたや、イエスのあかしを堅く保っているあなたの兄弟たちと同じしもべです。神を拝みなさい。イエスのあかしは預言の霊です。」 と、答えました。

聖書全体をとおして、人々が拝む対象は天使でもなく、偶像の神々でもなく生きた創造者である神のみでなければならないことが強調されています。

ヨハネに幻を示した天使は、「神を拝みなさい。イエスのあかしは預言の霊です。」と、宣言しています。
すべての預言はイエス・キリストを中心としています。

聖霊のはたらきは、人や天使をたたえるのではなく、常にイエス・キリストをたたえます。本当に聖霊がはたらかれるときは、人々の心、生き方がイエスキリストに向けられます。

黙示 19:11 また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、「忠実また真実。」と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。
黙示 19:12 その目は燃える炎であり、その頭には多くの王冠があって、ご自身のほかだれも知らない名が書かれていた。
黙示19:13 その方は血に染まった衣を着ていて、その名は「神のことば」と呼ばれた。

イエスキリストが、神の国を建て、白い馬に乗って再び来られるとき、その頭には多くの冠りがあり、ご自身のほかだれも知らない名が書かれていました。

黙示 19:14 天にある軍勢はまっ白な、きよい麻布を着て、白い馬に乗って彼につき従った。

この純白で汚れのない麻布の衣を着て、白い馬に乗りキリストに従う軍勢は、小羊であるキリストの花嫁、すでに天に引き上げられた教会、携挙された人々です。
キリストの恵み、救いを受け取り、キリストに信頼し人生を歩みこの世をさった人々、携挙された人々は、イエスがこの世に再臨され、神の国が建てられるとき、共に治めるものとして栄光の復活のからだをもって戻ってきます。

「私たちのいのちであるキリストが現われると、そのときあなたがたも、キリストとともに、栄光のうちに現われます。」(コロサイ人への手紙3章4)

「(神の国は)主イエスが炎の中で力ある天使たちを率いて天から現れる時に実現する。」(第二テサロニケの手紙1章7)

という、使徒パウロの再臨のキリストの預言がこのとき実現します。
 
黙示 19:15 この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。
黙示 19:16 その着物にも、ももにも、「王の王、主の主。」という名が書かれていた。

キリストの口から出ることばには絶対的な力があります。

イエスが再臨されるときには、鉄の杖をもって治められ、詩篇の作者が詠んだように、「なぜ
国々は騒ぎ立ち、国民はむなしくつぶやくのか。地の王たちは立ち構え、治める者たちは相とも
に集まり、主と、主に油をそそがれた者とに逆らう。
主はわたしに言われた。『あなたは、わたしの子。きょう、わたしがあなたを生んだ。
わたしに求めよ。わたしは国々をあなたへのゆずりとして与え、地をその果て果てまで、あなたの所有として与える。あなたは鉄の杖で彼らを打ち砕き、焼き物の器のように粉々にする。』」
(詩篇2編1、28,9)という預言が成就します。

キリストの衣が再臨のとき、血に染まっているのは、ちょうど収穫したぶどうを酒ぶねに集め、それを踏み潰し、ぶどうの皮と実が分けられ、ぶどうの汁をこす時その汁が衣に飛び散るように神に反逆する者たちが踏み潰されるぶどうのように完全に滅ぼされ、その血がほとばり散って染まるからです。
このとき、イザヤが預言した「エドムから来る者、ボツラから深紅の衣を着て来るこの者は、だれか。その着物には威光があり、大いなる力をもって進んで来るこの者は。」「正義を語り、救うに力強い者、それがわたしだ。」 「なぜ、あなたの着物は赤く、あなたの衣は酒ぶねを踏む者のようなのか。」「わたしはひとりで酒ぶねを踏んだ。国々の民のうちに、わたしと事を共に
する者はいなかった。わたしは怒って彼らを踏み、憤って彼らを踏みにじった。
それで、彼らの血のしたたりが、わたしの衣にふりかかり、わたしの着物を、すっかり汚してしまった。わたしの心のうちに復讐の日があり、わたしの贖いの年が来たからだ」。(イザヤ書63章1-4)という預言が文字通り成就します。

すべての人に、イエスキリストの贖いと恵みを受け入れ、神の子羊に従って生きるか、創造の神を否定し、御子の贖いを受け入れず被造物を拝み、肉の思いによって生きるという選択が与えられています。
そして、神の恵み、救いを拒否し続けるとき、神の忍耐を超えてしまい、神の愛、神の恵みをうけてることのできない、取り返しのつかない領域の虜となり、主の刈り取りのとき永遠の滅びに至ることがあることを知るべきです。

黙示 19:17 また私は、太陽の中にひとりの御使いが立っているのを見た。彼は大声で叫び、中天を飛ぶすべての鳥に言った。「さあ、神の大宴会に集まり、
黙示 19:18 王の肉、千人隊長の肉、勇者の肉、馬とそれに乗る者の肉、すべての自由人と奴隷、小さい者と大きい者の肉を食べよ。」
黙示 19:19 また私は、獣と地上の王たちとその軍勢が集まり、馬に乗った方とその軍勢と戦いを交えるのを見た。

サタンの最後の反抗として、大患難の時代の終わりに世界の指導者たちを集め、反キリストと偽預言者の惑わしによって、ちょうど催眠術にかかったかのようにイスラエルを攻める上で要衝となるこの地に集まり、この地で互いに雌雄を決しようと血みどろの地上戦を繰り広げるのです。
サタンは常にイスラエルの国家を消滅させることで神の計画を土台から覆そうとしてきました。
メギドの平野でイスラエルの国家を滅ぼし、反キリストが世界支配を揺るぎないものとしてしまえば、サタンの勝利が決定的なものとなります。
このメギドの平野における最後の戦いについては、旧約聖書ダニエル書11章40-45節にもその戦いがどのように展開されるのかについて概略が預言されています。
この人類最後の戦いのただなかに、栄光のイエス・キリストが天からの軍勢を率いて来られ、獣と地上の王たちとその軍勢が滅ぼされます。
そして、中天を飛ぶすべての鳥が滅んだ死体の肉をついばみ食べるのです。

黙示 19:20 すると、獣は捕えられた。また、獣の前でしるしを行ない、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者も、彼といっしょに捕えられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。
黙示 19:21 残りの者たちも、馬に乗った方の口から出る剣によって殺され、すべての鳥が、彼らの肉を飽きるほどに食べた。

獣と偽預言者は捕らえられ、生きながらゲヘナと呼ばれる最終的な裁きの場所、硫黄の燃えている火の池に投げ込まれます。

イエス・キリストは口から出る御ことばによって、神の恵みを拒否し、神に背き、反逆する者に終わりをもたらせ、それらの背きに従い、反逆する者たちの死体を空の鳥が飽きるまでついばみ、食べ尽くします。

わたしたちは、この世で迫害や試練にさらされています。
この世は自然も人の心も、はじめに創造の神が意図された素晴らしさを見ることはできません。このような、試練に満ちたわたしたちの人生にたいする解決は、イエス・キリストにある希望に生きることしかありません。

黙示録全体をとおして気付くのは、患難の時代の描写、この世の災害、滅び、悲惨な情景が長々と続き、キリストの栄光の再臨の情景があまりにもあっけない感じがすることです。

しかし、このような神の裁きの描写をとおして、この世の悲惨さ、死、滅びのなかでイエス・キリストを信じ永遠の希望を抱き、神の国が現実のものとなることを待ち望む人々にとっては、そのような罪のもたらすあらゆる矛盾、悲惨、死、滅びの中でも神の正しい裁きは行われ、神がすべてを知っていてくださり、神のご計画のなかで必ず希望に満ちた御ことばの約束が成就することを知って、この上ない慰めを得ることができます。



 
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