七つの鉢の裁き-ハルマゲドンの戦い   

(黙示録16章の講解)

16章は、神の裁き、神の御手の恐ろしさが描かれ、サタンと獣と偽預言者の口から出る悪霊によって、最終的に人類が戦争に駆り立てられ、世界中がメギドの平野で戦いの決着をつけようと、互いに滅ぼし合う戦いが起こる様子が描かれます。 

もし、すべての人が神の差し伸べられた愛の御手、御子イエスキリストによって罪の贖いを成し遂げてくださったことを信仰によって受け入れるなら、この箇所でこれから見るすさまじい患難、裁きは必要ではありません。

神は愛であり、恵みと慈しみに満ちた方です。
しかし、神の愛と恵みを拒否し続け、罪の赦しを受け取らないとき、公平な神の裁き、神の報復の御手の恐ろしさに直面することになります。

黙示 16:1 また、私は、大きな声が聖所から出て、七人の御使いに言うのを聞いた。「行って、神の激しい怒りの七つの鉢を、地に向けてぶちまけよ。」
黙示 16:2 そこで、第一の御使いが出て行き、鉢を地に向けてぶちまけた。すると、獣の刻印を受けている人々と、獣の像を拝む人々に、ひどい悪性のはれものができた。

第一の御使いが聖所から出た声に従って鉢を地にぶちまけると、13章で詳しく見た、獣の刻印を押されたすべての人のからだに、ひどい悪性のできものができて、からだからうみが流れ出るようなひどい状態になって人々がうめき苦しみます。
多くの原爆被害者が、原爆の直接の被害から免れ、命をとりとめても長い期間ケロイド症状に悩まされ死に至りました。鉢の裁きによって人々が悪性のできものに苦しめられるというのは、このようなケロイド症状に似たものなのかも知れません。

黙示 16:3 第二の御使いが鉢を海にぶちまけた。すると、海は死者の血のような血になった。海の中のいのちのあるものは、みな死んだ。

第二の御使いが鉢を海にぶちまけると、海は死者の血のような血になり、海の中のいのちのあるものがみな死んでしまいます。
プランクトンの異常発生によって、周辺海域が酸素欠乏を起こし、赤潮と呼ばれる現象が見られることは知られていますが、鉢の裁きによって、何らかのかたちで海が血のように変色し、その中の生き物が全滅します。

黙示 16:4 第三の御使いが鉢を川と水の源とにぶちまけた。すると、それらは血になった。
黙示 16:5 また私は、水をつかさどる御使いがこう言うのを聞いた。「常にいまし、昔います聖なる方。あなたは正しい方です。なぜならあなたは、このようなさばきをなさったからです。 

第三の御使いが鉢を川と水の源とにぶちまけると、川と水の源は血になります。

出エジプト記には神からの災いが様々なかたちでエジプトの民に及び、そのためにエジプトの民が苦しんだことが記録されています。(出エジプト記7章14-25)
このときの災いにも水が血のように変わり、その中の生き物がみな死んで、人々が耐えられない状態になったことが述べられています。
海が死人の血のように変わるだけでなく、すべての川、湖、水の流れ、水道の蛇口をひねっても、どこでも人が飲もうとする水のすべてが血に変わってしまうということは、実に想像を絶することです。

黙示 16:6 彼らは聖徒たちや預言者たちの血を流しましたが、あなたは、その血を彼らに飲ませました。彼らは、そうされるにふさわしい者たちです。」
黙示 16:7 また私は、祭壇がこう言うのを聞いた。「しかり。主よ。万物の支配者である神よ。あなたのさばきは真実な、正しいさばきです。」

患難の只中、獣の反キリストに従う人々は、イエスが救い主であることに気づく人々を殺し、イスラエルの人々、ユダヤ人を迫害し全滅させようと神を冒涜します。
彼らは獣の刻印を受けることを拒む人々を死に至らしめるだけでなく、神が送られる二人の預言者を殺し、人々の血を流します。

神はすべての水を血に変えられ、血を流した者たち自身が血を飲まざるを得ないという裁きをされます。
人にはすべて神の意思よりも自分の意思を優先させようとする罪の性質が内在しています。
しかし、神はイエスが流された祭壇の犠牲の血が、わたしたちのために完成された贖いの血だということを信じる信仰によって、わたしたちをご自分と和解させてくださいました。

神は、イエスをキリストと信じ、いのちの御霊のなかに歩む人々を義とされます。
イエスが神の差し伸べられる救い主であることを受け入れないことが罪です。

イエスは、十字架に架かる直前ゲッセマネの園で「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」(マタイ福音書26章39)と、祈られました。「できますならば」というのは、イエスの十字架の贖いを抜きにして人が神の前に義とされることが可能なら、という意味です。

人は自分の努力や善意や、真摯になることで神の前に義とされて立つことはできません。

サタンは、神のことば、イエスキリストの神性、聖霊の働きを否定し、神の義と公平に疑問を投げかけるように仕向けます。
しかし、神の裁きは常に「しかり、あなたの裁きは真実で正しい」のです。
患難の時代の後半、キリストの福音を否定し続け、獣の刻印を受ける人々には激しい神の怒りの鉢の裁きが下されます。その裁きがどのようにすさまじいものであっても、それは正しく真実であり、しかりというものなのです。

黙示 16:8 第四の御使いが鉢を太陽に向けてぶちまけた。すると、太陽は火で人々を焼くことを許された。
黙示 16:9 こうして、人々は激しい炎熱によって焼かれた。しかも、彼らは、これらの災害を支配する権威を持つ神の御名に対してけがしごとを言い、悔い改めて神をあがめることをしなかった。

この箇所の鉢の裁きは、天体において星が突然消滅する、いわゆるスーパー・ノバと呼ばれる現象が出現するようです。星が消滅する直前、ちょうどロウソクの光が最後に突然異様に輝いて消滅するように、突然その星全体が輝き燃え尽きていくことが知られています。

第四の天使が鉢をぶちまけると、地球全体がそのような炎熱の状態になってしまうのかも知れません。
あるいは、地表を覆う大気圏のオゾン層が破壊され、現在問題となっている地球の温暖化が極端な状態となるのかもしれません。
もし、世界中で核兵器が使われる状況が起これば一気に大気圏のオゾン層が破壊され、有害な直射日光によって人々が焼かれるような炎天に苦しめられる可能性は充分考えられます。 

人類は自分たちのまいた災害によって自然環境を一気に変えてしまい、人々が太陽によって焼かれるような天変地異が起こることは、わたしたちも想像することのできる現実です。
もし、太陽からの温度が熱量を増せば、そのときに地球に住むものは想像を絶する熱さを経験し、焼き殺されるような熱さのために人々がもだえ苦しみます。しかし、それでも人々は神の恵みを否定し、獣に従う人々は、災害が神の責任であるかのように神の名を汚し、悔い改めて神に栄光を帰することをしないというのです。

黙示 16:10 第五の御使いが鉢を獣の座にぶちまけた。すると、獣の国は暗くなり、人々は苦しみのあまり舌をかんだ。
黙示 16:11 そして、その苦しみと、はれものとのゆえに、天の神に対してけがしごとを言い、自分の行ないを悔い改めようとしなかった。

第五の御使いが鉢を獣の座にぶちまけると、獣の支配する世界は暗くなり、人々は苦しみのあまり舌をかんで生きることより死を望みます。

想像を絶する炎暑に焼かれ、できもので身体からうみが流れ出、すべての水が血に変わり、渇きのなかで血を飲まざるを得ないというような悲惨な状況に加えて、国中が昼でも暗くなり、人々は苦痛のあまり舌をかんで死を願うような状態になります。その苦しみの中で人々はうめきながら自分の行いを悔い改めようとはせず神をのろうというのです。

人のかたくなになった罪の心ほど恐ろしく不可思議なことはありません。人は自分の罪によって神を否定し、そのために苦しみを招いているにも拘わらず、その罪のくる苦しみが神の責任でもあるかのように、罪を悔い改めるかわりに神をのろうのです。

黙示 16:12 第六の御使いが鉢を大ユーフラテス川にぶちまけた。すると、水は、日の出るほうから来る王たちに道を備えるために、かれてしまった。

第六の御使いが鉢を大ユーフラテス川にぶちまけた。
大ユーフラテス川は、約二千八百キロの流れで、その幅は約五キロから約二十キロに渡り、平均して約九、十メートルの深さの川です。この川を境にして歴史的に東方と西方の国々が分かれる境界線となってきました。
この川が存在するために、世界の歴史は西方文明と東方文明が別の歩みを続けてきたと言っても過言ではありません。
聖書のことばを文字通り受け入れることを拒否する多くの人々は、東西文明を分かつこのような 大河が枯れてしまうというこの箇所の記述、聖書の預言の信憑性について疑問を投げてきました。エジプト、アスワンダムの建設に携わった技師たちが一九九四年にこの川の上流、現代のシリア地区にアタタルクダムを建設した時に、シリヤ、イラクに流れ込むはずの水流がせき止められ、政治的な問題となったことがありました。
日の出るほうの国、すなわち、東方からの軍隊がやって来るときにユーフラテス川の水が枯れてしまうことは、現実のものとなるでしょう。
この箇所の日の出るほうから来る王たちというのは、現代の中国を中心とする国々であることはほぼ間違いありません。巨大な人口をかかえる中国が日本などの技術を導入し、アジア地域の国々が、キリストの肢体である教会が携挙された後の世界の一方の勢力になり、二億の軍隊が、人類最後の戦いにユーフラテス川を渡ってメギドでの戦いにやって来るのです。(9章14-16参照)
現代の中国は家族計画を国民に薦め、子供の多い夫婦に対する罰則が課されています。このため、女児出産にたいする中絶が進み、男児の比率が圧倒的に多いという事情があります。このような男性人口を吸収するうえで軍隊が格好の場所となることは興味深いことです。

黙示 16:13 また、私は竜の口と、獣の口と、にせ預言者の口とから、かえるのような汚れた霊どもが三つ出て来るのを見た。
黙示 16:14 彼らはしるしを行なう悪霊どもの霊である。彼らは全世界の王たちのところに出て行く。万物の支配者である神の大いなる日の戦いに備えて、彼らを集めるためである。

大患難の時代が終わりに近づくとき、かえるのような三つの汚れた霊が出てきて全世界の指導者たちを戦争に駆り立て、世界中がメギドの平野で戦いの決着をつけようと出てゆきます。

サタンと獣と偽預言者の口から出る悪霊によって、全世界の王、指導者たちは駆り立てられるように中東、イスラエル地域、エルサレムから約九十九キロほど北西の古代丘陵都市から下ったイズレル平原に世界最後の戦いを決着させるために集結します。このメギドの丘陵地から広がっているイズレル平原一帯は、西欧、アジア圏、アフリカ大陸を結ぶ要衝として、古代から国々の勢力、雌雄を決する戦いの場となってきました。

旧約聖書には士師の時代(紀元前1425年-1120年頃)から、このメギドを舞台とした数々の戦いが描かれています。デボラとバラクがカンンの王ヤビンと戦った戦い、ギデオンの率いる三百人の手勢がミデアンとアマレクの軍勢を破った戦い、サムソンがペリシテ人を破った戦い、イスラエルが王国となりユダ王国の終り頃のヨシア王もこのメギド平野でエジプト、アッシリア軍とバビロニア軍の戦いに巻き込まれ戦死しました。バビロニア軍はこの平野を通りエルサレムの都を攻略しました。
ギリシア帝国のときもアレクサンダーはこの地をとおってエジプトを攻略しました。
ローマ帝国もこの地を重要な軍事拠点として要塞を築きました。
紀元後もトルコ、シリア、エジプト、ヨーロッパ各国がこの地で戦闘を繰り返してきました。ナポレオン・ボナパルトも世界征服の野望をもってエジプト侵略を試みたとき、この地を見て、もし世界で最後の戦闘が行われるとすれば、ヨーロッパ、アジア、アフリカ大陸の要衝の地であるイズレエル平原をおいてほかにはないことを宣言しました。

しかし、何故この地が世界最後の戦闘の地となるのでしょうか。

それは、サタンが最後のあがきとして神の計画に反抗し、救い主の到来と、神の国が実現することを阻止し、神の選ばれたイスラエルの民族、国家を滅ぼそうとするからです。

サタンは常にイスラエルの国家を消滅させることで神の計画を土台から覆そうとしてきました。

メギドの平野でイスラエルの国家を滅ぼし、イエス・キリストを信じるすべての人々を滅ぼし、反キリストが世界支配を揺るぎないものとしてしまえば、サタンの勝利が決定的なものとなります。
そのために、サタンの最後の反抗として、大患難の時代の終わりに世界の指導者たちを集め、反キリストと偽預言者の惑わしによって、ちょうど催眠術にかかったかのようにイスラエルを攻める上で要衝となるこの地に集まり、この地で互いに雌雄を決しようと血みどろの地上戦を繰り広げるのです。

黙示 16:15 ・・見よ。わたしは盗人のように来る。目をさまして、身に着物をつけ、裸で歩く恥を人に見られないようにする者は幸いである。・・

この人類最後の戦いのただなかに、栄光のイエス・キリストが来られます。
イエスキリストの再臨がこの状況のなかで成就しますが、ほとんどすべての人々が、盗人が来るときのようにそのことに気づかないようです。
イエスは、「もし、目をさまさなければ、わたしは盗人のように来る。あなたには、わたしがいつあなたのところに来るか、決してわからない。」(黙示録3章3)、
「だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。」(マタイ福音書24章43)

そして、「しかし、あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい。」ルカの福音書21章36)と度々警告されています。 

黙示 16:16 こうして彼らは、ヘブル語でハルマゲドンと呼ばれる所に王たちを集めた。
黙示 16:17 第七の御使いが鉢を空中にぶちまけた。すると、大きな声が御座を出て、聖所の中から出て来て、「事は成就した。」と言った。
黙示 16:18 すると、いなずまと声と雷鳴があり、大きな地震があった。この地震は人間が地上に住んで以来、かつてなかったほどのもので、それほどに大きな、強い地震であった。

サタンの最後の反抗として、大患難の時代の終わりに世界の指導者たちをハルマゲドンに集め、反キリストと偽預言者の惑わしによって、ちょうど催眠術にかかったかのようにイスラエルを攻める上で要衝となるこの地に集まり、この地で互いに雌雄を決しようと血みどろの地上戦を繰り広げます。

サタンは常にイスラエルの国家を消滅させることで神の計画を土台から覆そうとしてきました。
サタンはメギドの平野でイスラエルの国家を滅ぼし、反キリストの世界支配を揺るぎないものとし、勝利を決定的なものと試みるのです。

このメギドの平野における最後の戦いについては、旧約聖書ダニエル書11章40-45節にもその戦いがどのように展開されるのかについて概略が預言されています。

この人類最後の戦いのただなかに、栄光のイエス・キリストが来られるのです。

第七の御使いが鉢を空中にぶちまけた。すると、大きな声が御座を出て、聖所の中から出て来て、「事は成就した。」と言った。

第七の鉢がぶちまけられられるとき、イエスの贖いを自分たちへの恵みとして受け入れないこの世にたいする神の最終的な怒りが注がれます。十字架の上でイエスが「完了した。τελέω
tel-eh'-o」と叫ばれた叫びは、人類への贖い、救いの勝利と喜びの宣言です。

この御座から出た、「事は成就した。γίνομαιghin'-om-ahee」という声は、神に反逆しイエスの救いを拒否し続けるこの世を最終的に一掃し、この世の罪にたいする裁きが完成し、神の国がもたらされるという宣言です。

聖所のなかから、「事は成就した。」という声がすると、いなずまと声と雷鳴があり、大きな地震が起こります。
この地震は、いままでにもこれからも起こることのないような全地球を揺るがすような大地震です。
神は「わたしは、もう一度、地だけではなく、天も揺り動かす。」と言われ、決して揺り動かされることのないものが残るために、すべての造られた、揺り動かされるものが取り除かれるために、もう一度ノアの洪水のときに起こったような全地球を揺るがす大地震が起こります。人類が歴史上経験したことのないようなこの地震は、地域的なものではなく地球全体を震わせるものであり、どこにも逃げ場のないものであり、地球を地軸から揺るがすものだということが示されています。

「あのときは、その声が地を揺り動かしましたが、このたびは約束をもって、こう言われます。『わたしは、もう一度、地だけではなく、天も揺り動かす。』(ハガイ書2章6) この「もう一度」ということばは、決して揺り動かされることのないものが残るために、すべての造られた、揺り動かされるものが取り除かれることを示しています。」(ヘブル書12章26-27)

黙示 16:19 また、あの大きな都は三つに裂かれ、諸国の民の町々は倒れた。そして、大バビロンは、神の前に覚えられて、神の激しい怒りのぶどう酒の杯を与えられた。
黙示 16:20 島はすべて逃げ去り、山々は見えなくなった。
黙示 16:21 また、一タラントほどの大きな雹が、人々の上に天から降って来た。人々 は、この雹の災害のため、神にけがしごとを言った。その災害が非常に激しかったからである。

こうして、エルサレムの都は三つに裂かれ、地上の町々が倒れ、一七章、一八章で詳細が説明されるように、すべての偽りの宗教、政治、商業、金融制度が崩壊します。

世界中の軍隊が最後の戦争で使用する核兵器によって、上昇した核の雲が水分を含んだ大気を氷結させ、それがひょうとなって空から降ってくるのかもしれません。

地球は、人類の生活環境を完全に変えてしまうでしょう。このときの天変地異の様子をイザヤは、
「地上の住民よ。恐れと、落とし穴と、わなとがあなたにかけられ、その恐れの叫びから逃げる者は、その落とし穴に落ち、落とし穴からはい上がる者は、そのわなに捕えられる。天の窓が開かれ、地の基が震えるからだ。
地は裂けに裂け、地はゆるぎにゆるぎ、地はよろめきによろめく。地は酔いどれのように、ふらふら、ふらつき、仮小屋のように揺り動かされる。そのそむきの罪が地の上に重くのしかかり、地は倒れて、再び起き上がれない。
その日、主は天では天の大軍を、地では地上の王たちを罰せられる。」(イザヤ書24章17-21参照)と預言しています。

人々は、想像を超えた災害が自分たちの罪によって引き起こされたものであることを顧みることなく神を呪い、汚すことばを吐くのです。
 



 
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