教会に対するメッセージ

(黙示録2、3、章の概略)

黙示録には、その中に書かれていることの概略が示されています。
1章19節には、「あなたの見た事、今ある事、この後に起こる事を書きしるせ。」と述べられているように、この黙示録を記したヨハネが、イエスの復活と昇天の後、ローマ帝国の皇帝ドミシャン帝のときにパトモス島という地中海の孤島に島流しにされるという迫害を受けたときに、栄光のキリストによって、幻を示され、ヨハネの見たこと今あることこの後にあることが区分されて示されています。

1章ではヨハネの見たこと、本当のイエスの姿、栄光のキリストが描かれていました。
神の栄光の輝き、神の本質の姿、時を越えた永遠の方、死と黄泉に勝利された方
わたしを愛され、背きの罪の責めを流された血によって帳消しにされた方
かたよりみることのない公平な裁きをされる方、恵みを拒否し続け、逆らう者を裁き、
再びこの世に来られ、国々の王として支配され、
キリストを信じ待ち望むイスラエルと異邦人のあいだに光として共に歩まれる

ヨハネの見た栄光のキリストは、もろもろの支配と、権威、闇の世の主権者、また天上にいる悪の霊に完全に勝利される方の姿でした。(わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。 エペソ書6章10-19参照) 

栄光のイエスの上着 罪を蔽う象徴(ゼカリヤ書3章3-9、マタイ福音書22章1-14)
胸に金の帯をしめ 真理の帯、正義の胸当て(エペソ書6章14) 
雪のように白い 赦しと憐れみ(イザヤ書1章18) 
燃える炎のような目 すべてを見通し、判断する、各人の働きの真価をためす(第一コリントの手紙3章13)
炉で精錬され光輝く真鍮(しんちゅう)の足  罪と穢れを公平に厳しく裁く(民数記21章9、ヨハネ福音書3章14)
大水の轟きのような声、 圧倒的な霊に満ちた声(エゼキエル書1章24)
鋭い両刃の剣のような言葉 心の思いを深く見分けられることば(ヘブル書4章12) 
七つの星 七つの教会の御使いたち 
七つの金の燭台 七つの教会 金の燭台 幕屋ミノーラ(出エジプト25章31-39)

2章と3章は、ヨハネの見た栄光のキリストが述べられた、今あること、七つの教会にかかわる七つの金の燭台のあいだを歩まれるキリストからのメッセージが述べられています。

七つの教会
なぜ七つなのか、七は周期を表す完全数です。例えば、一週は七日、音階はド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、ティ、の七音等

教会は、エペソ、スミルナ、ペルガモ、テアテラ、サルデス、フィラデルフィア、ラオデキアの七つの教会の名前がでています。

ヨハネがこの黙示録を記したのは、イエスが十字架に架かられ(紀元30-34年頃)復活をされ、天に昇られ、聖霊が下り、福音がすでに当時の全世界に伝わり、(紀元65-67年頃) キリストの福音を信じる人々への迫害が加えられた後であり、紀元1世紀の終わり頃(紀元96-99年頃)と考えられています。
この頃には、この黙示録に記されている集まり以外にも、パウロの手紙に出てくるコロサイ、ガラテヤなどの教会が小アジアに散在し、その他の地域でもコリント、ピリピ、ローマ、テサロニケなどの教会が、パレスチナ地域には、エルサレム、アンテオケ、北アフリカ地域にはアレキサンドリアなどの数多くの教会がすでに散在していました。

この小アジアの七つの教会以外にも明らかに数多くの教会が散在し、しかも、他の教会に比べて特別に重要であったとは思えません。

何故ヨハネは、これらの教会の名前を七つだけ挙げて、七つの教会へと手紙を宛てて書いたのでしょうか。
これらの教会は、ローマ帝国によってエルサレムの神殿が焼かれ、エルサレムが荒廃してしまった(紀元70年)後、小アジアの地域(現在のトルコ)へ移り住んだヨハネが実際に牧していた教会であったとされています。
七という数字は、完成とか完全という意味を持っており、(虹の七色、音階、週)すべての教会、すべての時代、すべての人々へ宛てて書かれている。
さらに、七という数字は、七つの封印、七つのラッパ、七つの鉢というように神のご計画の完全さと完成をも示しています。

この意味で、これら七つの教会に宛てられたメッセージは、特定の地域に向けられただけでなく、すべての地域、すべての時代のイエスをキリストと信じて集められた教会(エクレシア)に宛てられた栄光のキリストからのメッセージであるということができます。

従って、2章と3章は、今あること、すなわち栄光のキリストからイエスをキリストと信じて集められたすべての地域の教会(エクレシア)、すべての時代の教会に宛てられたメッセージが述べられていると考えることができます。

そして、このメッセージは、三つの領域について当てはめて見ることができます。
直接的 七つの夫々の教会 ヨハネが福音と励ましを与えていたそれぞれの特徴を持った教会へ
歴史的 七つの時代区分 異邦人に福音が伝えられ、異邦人の時(救いと恵みの時代)の終わり、
信仰的 七つの信仰成長の問題点 個人的に信仰が成長するために必要な警告と励まし

今あることが、教会にかかわるキリストからのメッセージであると聞いて、そのメッセージに心を開いて聞こうとせず、壁を閉ざしてしまう人が居るかも知れません。
それは、人々が教会に期待し、その期待が裏切られたり、教会の歴史のなかにある偽善や不純なものとの妥協を見、キリスト教会について失望することが理由です。
このような失望は、人生の問題にたいする解決を教会に期待し、教会の組織や教会の人々に求めるときに起こります。

キリストをとおして生きた神との関係のなかに生かされることと宗教的であることとは異なったことであるのに多くの人々がこのことを混同し、教会の伝統、教義の名のもとに歴史的に人々が争いあったり、憎みあったりしてきました。

キリスト教会の歴史を見る時、教会が問題を抱え、教会が人々の人生における問題を解決するものとはならないばかりか、人の罪の醜さや問題をより鮮明にし、教会に失望することさえしばしばあります。

教会の問題は、毒麦の譬(マタイ福音書13章24)パリサイ人とサドカイ人のパン種の警告(マタイ福音書16章6)のように、表面は信心深く見えても偽善と福音を否定する人々が多く混ざり合うことにあります。

教会や、教会の伝統、牧師や教師はわたしたちの人生の問題を解決してくれません。
生ける神、肉体をとってわたしたちにあらわれた神のことばイエスに信頼し、わたしたちの内に働かれる聖霊の導きによって人生の選びを歩むことが人生の根本的な問題の解決、救いです。

わたしたちの人生の根本的な問題は、罪と死の問題です。
神は、イエスキリストの十字架の贖い、死と復活、昇天と再臨の約束によって、すべての問題を解決してくださいました。
しかし、神がイエスキリストをとおして解決をしてくださっていることを受け入れ信じるか、否定して人生の根本的問題である罪と死の問題について目をそむけるのかは、わたしたち一人一人の選択にかかっています。
福音を信じる信仰によって神の限りない愛と恵みを受け取ることには状況を超えた希望が与えられます。

聖書は、宗教的な団体や建物を教会と呼んでいるのではなく、福音を信じイエスを主として人生を歩む集められた人々の群れを教会と呼んでいます。

キリストは教会を愛され、花嫁として迎えられるという約束をされています。
キリストの愛に応え、花嫁である教会に与えられている約束に留まり続けるための警告と励ましが2章、3章に述べられているキリストのメッセージです。

教会にはいくつかの重要な約束が与えられています。

イエスはキリストを土台として建てられた教会はハデスの門も勝つことができないということが約束されています。

「ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。」 (マタイ福音書16章18)

キリストが再臨される前に神の怒り、患難の時が訪れますが、終末の時代に教会が神の怒りからまぬがれるという約束がされています。

「ですから、今すでにキリストの血によって義と認められた私たちが、彼によって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。」(ロマ書5章9)

「神は、私たちが御怒りに会うようにお定めになったのではなく、主イエス・キリストにあって救いを得るようにお定めになったからです。」 (第一テサロニケ5章9)

七つの教会に対するメッセージは、それぞれ栄光のキリストの部分的描写ではじめられ、七つの教会に対するそれらの部分的描写を総合すると、再びヨハネの見た全体の栄光のキリストの描写となっています。

エペソ       七つの星を持つ者、七つの金の燭台の間を歩く者 (振り向くと、七つの金の燭台が見えた。黙示 1:12 また、右手に七つの星を持ち黙示 1:16、20)
スミルナ      初めであり、終わりである者、死んだことはあるが生き返った者。(恐れるな。わたしは、最初であり、最後であり、生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。黙示 1:18 )
ペルガモ      鋭いもろ刃の剣を持っているかた。 (口からは鋭い両刃の剣が出ており 黙示 1:16 )   
テアテラ      燃える炎のような目と光輝くしんちゅうのような足とを持った神の子。 (その目は、燃える炎のようであった。 その足は、炉で精練されて光り輝くしんちゅうのようであり、黙示 1:14-15 )
サルデス      神の七つの霊と七つの星を持つかた。(その御座の前におられる七つの御霊から、黙示 1:4 、右手に七つの星を持ち 黙示 1:20)
フィラデルフィア   ダビデの鍵を持つ者、開けばだれにも閉じられることなく、閉じればだれにも開かれることのない者。 (死とハデスとのかぎを持っている。黙示 1:18)  
ラオデキア     火で精錬された金を買い、白い衣を買いなさい。 (足までたれた衣を着て、胸に金の帯を締めた、人の子のような方が見えた。黙示 1:14 その頭と髪の毛は、白い羊毛のように、また雪のように白く、その目は、燃える炎のようであった。黙示 1:15 その足は、炉で精練されて光り輝くしんちゅうのようであり)

それぞれの教会に対して栄光ノイエスは、わたしはあなたの行いを知っていると言われ、褒めること、改めるべき警告、永遠の希望を述べておられます。

「造られたもので、神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私たちはこの神に対して弁明をするのです。」(ヘブル書4章13)

神は、わたしたちの心の内側を見られ、外側は人に正しいと見えても、内側は偽善と不法に満ちた者を憎まれます。 



 
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